竜の里キヨツ峡谷――滅びの痕跡

神罰機関はまずい。


ほとぼりが冷めるまで、

街を出る必要がありそうだ。


「ねぇ、ミチル。

 私の里に来て欲しい」


シルクがいつになく真剣な面持ちで言った。


「どうしても助けられなくて……。

すべての鱗を奪われながら、逃げるしかなかったの。



 キヨツ峡谷を救って欲しいの!」


「シルクの故郷か。

 わかった、案内してくれ」


俺はシルクの頭を撫でる。


「大きくなったんだから、泣くなよ。

 いいよな、みんな!」


全員を見渡して確認する。


(まあ、ヤバくなったら逃げるけどな……)


俺の考えはいつも通りだ。平常運転。


それでもシルクは泣き止まず、

瞳を潤ませて続けた。


「ミチル……わたし、決めたの。

 一生、あなたについていく!」


――沈黙。


リサは食べかけのオレンジを噛み潰し、

ナナはスマホ画面で「ERROR」連打。


《感情処理不能》《危険:依存度100%》

と赤文字が点滅する。


「ちょ、ちょっと待て! 重い!

 お前の好感度バー振り切れてるから!」


「ミチル……私、重くてもいい」


「俺が良くないよ!?」


そんなドタバタを経て、俺たちはドラゴンの里――

《キヨツ峡谷》へ向かった。


***


だが、目に飛び込んできたのは惨状だった。


燃え落ちた家屋、倒れ伏す巨躯。

血と灰が混じる廃墟。


かつて栄華を誇った竜族の集落は、

息を止めたように静かだった。


「……う、嘘だろ」リサが顔を覆う。


「まさか、ここまでとはな」


俺は息を呑む。


生き残った竜たちも翼を裂かれ、鱗を砕かれ、

今にも消えそうな姿でうずくまっている。


殆ど焦土と化した渓谷。

黒煙の上がる洞穴。


折れた牙のように聳える岩山。


谷間に傷だらけの竜たちが呻く。


「……ひどい」ナナが顔を覆う。


俺は地面へ視線を落とす。


「ナナ、分析だ。弱点を教えろ」


「土地そのものが弱ってる……

 ほら、瘴気が脈打ってる」


ナナの声は震えていた。


「そう。この土地が“弱点”なの。

 価値を支える基盤が崩れてしまった」


「お父さん!」


シルクが渓谷に飛び出す。


「馬鹿っ、罠かもしれないだろっ!」


「ナナ、原因と対策を出せ。

 土地が弱点なら、復元の手順を」


「四方から価値狩りが……。

 水脈と竜脈がせき止められている。作為的の痕跡大。


 中央の神殿だけ淀みが少ないけど、時間の問題」


「シルク、瀕死の竜は全部神殿に連れて行け!

 家族の会話は後だ!」


俺は声を張る。


背後で、仲間たちの決意が固まる気配がした。


――助ける。ここが始まりだ。


「シルク、助けに行く前にひとつだけ――


 俺はここまであえて尋ねなかった。


 だが、全員がここまでお前を助けに来た。


 もういいだろう。誰が、お前の里をここまで破壊した?」


「ごめんなさい、ごめんなさい……。


 かつて神罰機関に所属していた“価値審理官”の一人、

 価値喰いの審理官ルメルと、直属の価値狩りたちが相手なの」


シルクは泣きながら同胞の元へ駆けだして行った。


「ははっ、想像以上の大ババ引いちまったぜ」


神罰機関と元神罰機関。


どっちがマシだったのか。


谷の奥では、瓦礫から黒い煙が燻っていた――。

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