焔鱗の老竜ヴェルザンと涙の核
渓谷に降りていくと、
壊れた家屋が目に付くようになってくる。
「竜族と言っても、そこまで人と変わらないんだな……。
ある程度大きさを調整できるんだろうけど、
家屋はせいぜい俺の倍の大きさか」
瓦礫の奥に、価値狩りの気配を感じた。
「おい、ミナいるんだろう?」
俺は後ろを振り向いて声を掛ける。
「げっ、バレてる」
「斥候が隠蔽を持っていないわけない。
ただの勘だ――あいつを狙え」
「了解っ!!」
乾いた音が響いた。
岩陰に潜んでいた《語り鳥ピクス》が、
ミナの放った石弾に撃ち抜かれ、羽根を散らして倒れる。
「命中……っと」
ミナは投石具を肩にかけ直し、
満足げに手のひらをひらひらさせた。
「偵察の一羽。戻らなければ、いずれ敵にも異常が伝わる」
ナナが警告してくる。
「つまり……もう、時間はあまり残されてないってことね」
リサが呟いた。
俺のスマホにリンクが出てきた。
《セントリム神殿内の竜が覚醒反応。通信を承認しますか?》
一瞬のためらいの後、俺は頷いた。
――画面の奥から現れたのは、
炎のような鱗を持つ老竜。
その瞳は紅玉のように深く、
背の翼はすでに焦げ、灰へと変わりつつあった。
『……お前が人の子、ミチルといったか』
「はい。この里のシルクには随分助けられました」
「シルク? ああ、ヒルダのことか。
命の恩人だと聞いた」
「おじいちゃん、偉そうにしないで! 自己紹介!」
シルクの姿は見えないが、声は聞こえる。
「痛っ、わかったわかった。
焔鱗の老竜・ヴェルザンと呼ばれておる」
「おじいちゃんは、里の長老なの」
『いかにも。我は神殿を守護した竜族の長老、“涙語竜ミルナ”の父だよ』
その声は、燃え尽きた灰の底から響くように重かった。
「あなたの孫娘、ヒルダ……彼女はいま神殿に?」
ヴェルザンは瞼を閉じた。
『ヒルダは“封印”に組み込まれた。
血をもって風を鎮め、涙を鎖となして、世界の断層を繋ぎとめている。
だが……その中心に、“涙の核”が必要だ。我が娘の最後の遺産よ』
俺は拳を握る。
(やっぱり単独で行かせるべきではなかった。
シルクの故郷だと聞いて油断したぜ)
「それが……孫娘にやることか!」
「ミチル、ありがとう」
シルクの声がやけに遠くに感じた。
『この子は己の意志で価値を守った。
だが土地の力が戻らねば、再び“語り鳥”が溢れる。
お前たちが撃ち落とした一羽――前兆に過ぎぬ』
風が吹き抜け、ノイズが走る。
ヴェルザンの姿が揺らぎながら、最後の言葉を残す。
『――里に残る戦力、“風語の双竜リュナとリュオ”、
そして語壁竜ガルメスら同胞と共に、
封印を安定させよ。
……“涙の核”、我が娘の最後の涙を探せ』
通信が途絶える。
静寂。
俺は深く息を吐いた。
シルクの声が、遠くの風のように胸に残る。
『ありがとう』――あいつ、笑って言ってたな。
胸が締め付けられる。
「……涙の核、か。嫌な響きだな」
「ミチル、シルクが神殿に組み込まれたことで、
里の価値が上がった。竜たちも癒えてる」
「きっと……それをわかってて戻ったのね」
リサは剣の柄を強く握りしめた。
「シルクを解放しなきゃ」
「神殿に“涙の核”を戻すのね!」
「いや……」
俺はその場に胡坐をかいた。
――すでに盤面は詰み筋。
だが、まだ“一手勝ち”の目は潰れていない。
「まずは、この必至を守り抜く」
「攻めは最大の守りって言うけど?」
ミナが苦笑する。
「場合による。
今“涙の核”を探せば、里が消える」
俺は焼け爛れた大地をじっと見つめた。
「守りにくい土地だぜ。
窪地で逃げ道なしって、酷いわ」
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