第3話 女たちのムラムラ解消法
【桧】
『で、建部先生。そういうときとは、どういう?』
そういうとき――それは……
【稲穂】
「エーと……」
言い淀む仕草を見せるあたりさすがは年上。まだ小娘には早いわ! とでもいわんばかり。実際は考える時間が欲しかっただけ。
そもそも答えなどない。建部稲穂は基本、適当なのだから。
なんかこう、そーゆー時ってゆーかぁ? みたいなギャル構文思考を卒業できていないどころか再入学しているレベルである。
が、女教師である。先生と呼ばれる人は賢い。大人になるってことはそれ即ち『そういうこと』。
【桧】
「私には理解出来ないような難しい事でしょうか?」
【稲穂】
「そういうわけじゃないんだけどね……そうねぇ……女が生きていく上で語らずとも燃ゆる想い――みたいな?」
大人ぶってちょっと難しく言ってやった! ふふん♥ なドヤ顔を隠して涼しい顔を桧に向ける。
するとウンウン頷いてみせる桧に、稲穂はビビり散らかした。
神目楓などなら、ほほー! スゲー! って期待通りな反応が返ってくるのに……
【稲穂】
「(しまった。この子、めっちゃお利口さんな上、博識ガールだった!)」
【桧】
「燃ゆる想い……熱き血潮という事ですね? 命短し恋せよ乙女とは大正時代に謳われた現代でも通ずる、儚くも美しいフレーズですが、そういう感情のとき……ということでしょうか」
【稲穂】
「ま、まーそーね(なにそれ……うた? ワンズ?)」
と余裕の顔しながら胸中焦る稲穂の脳内はジャンピングジャックウーマン。
【桧】
「昔から人付き合いが苦手な私は、本やネットでの知識しかなくて、そういう……情緒的な事を察するのがとかくして苦手です。そんな私に部長(=新聞部部長=英田柾の事)は色々わかりやすく教えてくれるので助けられています。それでもやはり異性ですから、同性の"そういう部分"を建部先生にご教示賜れる事、ありがたく思います」
【稲穂】
「そ、そーね! なんでも聞いて! なんつったって私、人生の先輩ですから!」
畏まった桧の言い様に、恐縮どころかなんか気まずさを感じる稲穂。
……しかしそこで稲穂、ピキーンとふと気付く。
【稲穂】
「ひょっとしてキレてる?」
この子の聡明さは半端ない。本当はスマホ設定どころかプランとか機種選択とか全部教えてくれたのだ。否、真実は……
――いざ機種変更しにお店に赴く稲穂。
さすが携帯ショップ店員、いいカモだと察するとアレコレ糞みたいなサブスクを契約させようとあの手この手。
『今時エーアイは必須ですよ』
『サブスクの動画サービスに入っていないと話についていけませんよねぇ』
『やっぱり音楽はハイレゾじゃないと!』
理解不能な単語責めで、頭の中がジャンピングジャックウーマンになった稲穂を見て、携帯ショップ店員はさらなる追い打ちを掛ける。歩合制とは斯くも人の心に影を落としてしまうのだ。
100円ショップに2枚セットで売っているレベルの保護フィルム代と貼り付けサービスで9000円(税別)くらい請求されようとしたところで、放課後に学校で別れたはずの桧が登場。
聞けば心配でずっと様子を伺っていたのだという。
あの無表情……悪く言えば冷酷な女性ターミネーターみたいなクールさで店員をガン詰めしていると、店長がキャリアのロゴ入り箱ティッシュとかボールペンとか、粗品の山を持ってきた。
【稲穂】
『あー、ティッシュちょうど買わなきゃと思ってたのよね』
【桧】
『それはよかったですね』
他の粗品は要らないからとボックスティッシュを大漁にせし……選択した桧は、稲穂にそれを渡した。
お節介が過ぎただろうか? と桧は心配しながらも、ホクホク顔の稲穂を見て安心した。
帰りに喫茶店でお礼と称してケーキに紅茶――
――そんな出来事を『スマホの設定して貰った』で済ます稲穂の狡猾さはさておき、
『私が適当言ってるの、わかった上で泳がされているのでは? ガン詰めとかやーよ!』
【桧】
「キレる? なぜでしょう……? キレちゃいないですよ私」
【稲穂】
「ほんとぉ?」
【桧】
「感情の起伏があまりないもので……ですから、私をキレさせたら大したものです」
【稲穂】
「……なんかどっかで聞いたことあるカンジだけど、まあ怒ってないなら良かった」
【桧】
「ええ。で、建部先生。そういうときとは、どういう?」
無表情ガン詰めタイム第二幕の帳が開く――
その4 女たちのムラムラ解消法その2 につづく
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