YES/NOがハッキリしたその男はあまりのNOの多さに冒険者をクビになるがその矜持を貫く

第1話 無報酬はダメ

 師匠は言った。

「出来る出来ないをハッキリさせろ。さもなくば私はお前を殺してしまうだろうし、お前もまたやがて誰かを殺すだろう」


 師匠は言った。

「無報酬はダメだ。たとえそいつが死にそうでも、無報酬は技を落とすことに繋がる」


 師匠は言った。

「あり得ないと思えることは、あり得る。私達がそう想像しうることなら、物事は起こりえると考えろ。でなければ、お前の足元をすくおうとするもので世界は溢れているぞ」



 彼、白寿ハクジュの中には、師匠の教えが息づいており、彼の行動の指針となっている。白寿がいま眼前で起こったことに、わずかな驚きで自らを保てたことも、その教えによるところが大きいのかもしれない。

 いま自分が身にまとっているスーツには、おおよそ似つかわしくない見渡す限りの草原。そして草原には似つかわしくない地響きを伴う足音。そして白寿の生きる平和な現代日本に似つかわしくない、銀甲冑で走る騎士然とした誰か。


「御仁ーーーーーー! 加勢してもらえないかーーーーーー!」


 その走る銀甲冑からの叫びと、その後方から迫る巨躯きょくなる獣の姿。それを確認し、白寿はかの師匠の教えが頭を巡っていた。そして彼は言う。


「断る!」


 地響きにも負けない声量で、ハッキリと。





 白寿が草原に立つ以前、彼は日本に就職活動を行っていた。


 戻り、というのには白寿の境遇に由来する。

 彼は六歳の時両親が他界し、幼い弟と妹と共に彼の師匠になる人物に引き取られた。

 それから十二年間。十八歳になるまで、学業以外の時間ほぼ全てを、師匠から武術を習うために費やし、師匠と別れた十八歳から、彼は世界中の武術大会に裏表関わらず出場し、その賞金で弟妹ていまいを養っていた。


 それから六年。二十四歳になり、充分な学費も貯まったと判断できた時期に、二人の強い希望もあり、日本で一緒に暮らすことにしたのであった。


 日本は平和で、賞金額の大きい格闘技大会はない。

 蓄えはあったが、白寿はそういった理由もあり、就活を行うことにしたのだった。

 己の武の探求は好きだが、特に人と戦うことに執着はなく、家族と暮らせるのならそれで良い。


「……見つけた」


 そう声が聞こえたのは、スーツもまだ着慣れていない、日本に戻ってまだ数週間のこと。

 後ろからそう呼びかけられた気がして振り向くと、一面草原の大地に立っていた。





「ごじーーーーん!!」


 ハッキリと断りを入れたにも関わらず、銀甲冑はこちらに走ってくる。

 獣も。

 状況がまだ飲み込み切れずに、ひとまず白寿も逃走を図るべく背を向けた。


「なっ! 待つんだ御仁ーーー!」


 白寿は待たない。

 駆け出して距離をあける。いくら走り慣れない革靴とはいえ、重い甲冑に負ける道理はなかった。その甲冑を追う獣にも。しかし、同時に疑問も生じる。なぜ甲冑が獣に追いつかれないのかとも。


「くっ、!」


 その声が響き、ガシャガシャと鳴る甲冑の音が近づく。

 驚いていると、銀甲冑は隣に並んだ。


「お前! 断ったのにバカじゃないのか? なぜ引き連れて巻き込んでくる」

「この人でなしが! なぜ逃げる?!」


 非難する白寿に、そう声を荒げる甲冑の声は上ずっている。白寿は並走しながら、この速度なら一人でも逃げられるのではないかと言いたくなるが、己が主張を優先させた。


「断ると言っただろう。我が師の教えにより、報酬なき助太刀はしない」

「なんだと!」

「それに見ろ、戦う格好に見えるか? 俺はいま就職活動中だ」

「就職……? その恰好……御仁、迷子かっ!」

「失礼な!」


 甲冑の言い草に強く反論する。


「いや、違う。意味が違うのだ! やっぱりか! ええい! 緊急なんだ! 加勢してくれ」

「だから断ると言っただろう。この早さなら、逃げるだけならお互いできる」

「それはダメだ。アイツはここで倒さねばならん」

「そうか、ではな」


 速度を上げて離れようとした白寿の腕を、銀甲冑が掴む。

 結構な力だ。


「待て! 頼むから。分かった、出来ることなら何でもする。今はすまん、思いつかない」

「……その言葉、覆すなよ」


 交渉が成立し、白寿はさらに速度を上げ、獣と距離をとる。

 狼狽うろたえる銀甲冑を無視し、充分な距離をとれたことを確認し、振り返る。

 本来、四足歩行の動物相手に、二足の人間では勝てる走力はない。相手が巨躯で、筋力も比例したなら猶更なおさらだ。だが、獣は追いつけなかった。それは走力に見合った重量ではないことを示している。


「知らん獣だ」


 見た目は顔面に鉄仮面をつけたイノシシといったところだった。

 前傾になり、地面を削り、たまに首をりながら走っている。仮面は後付けか…? だから重く、遅い。動きも邪魔そうに首を反らしている。

 だが、あの質量の突進を一度喰らえば終わりだろう。


「何だあれは?」


 銀甲冑に叫ぶ。


鎧害獣アーマードだ! やはり、迷子か!」

「だから迷子とは! 失礼な奴だ! それよりどうする? 見ての通り丸腰だぞ俺は」

「それなら大丈夫だ。御仁、一度でいいからアイツを引き付けて、突進を避けてもらえないか? 横に回りたいがそれが叶わず参っていたのだ」

「ふむ……わかった」

「頼む!」


 それからは早かった。

 胸元に手を当てもう一度グロウと叫んだ銀甲冑は、緩やかにカーブを描きサイドに離れる。白寿は直線に速度を上げながらネクタイを解き、走りながら真上に投げ、仮面イノシシの注意を引いた。更に脚に力を込め距離を離し、急停止して振り向く。イノシシのサイズは日本の大型バスくらいか? その巨躯が近づく様を、圧倒されることなく見据え、首が反られるタイミングを計る。


 そして、白寿は鎧害獣アーマードと呼ばれた獣に向かって駆ける。


 時にすれば数秒にもならない距離。近づけば響くはずの轟音も集中で離れる。首が上がる瞬間を狙い、白寿はその下を潜るようにすれ違った。


「御仁、見事!」


 刹那、声が響き、イノシシの首が上空に跳ね上がる。

 残された胴体が、慣性により凄まじい勢いで地面を抉っていく。

 程なく、飛ばされた仮面を被った首が落ち、ズンと腹に響く振動が伝わってきた。


「迷子……ね」


 白寿はそう独りごちる。なにも、彼は世捨て人ではない。常人よりも武に傾倒し、常人よりも身体能力が高いが、弟妹との会話も盛んにする、普通の日本人だ。

 そんな彼が、数日ではあったが、二人との日々の会話を思い出す。

 楽しそうに話す本やアニメの中に思い当たるものがあった。


「異世界転生……いや、転移か」


 それを裏付けるように、銀甲冑は先ほどまで持っていなかった大剣を担ぎ、目に見えるまでの緑のオーラをその身に纏っていた。

 


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