YES/NOがハッキリしたその男はあまりのNOの多さに冒険者をクビになるがその矜持を貫く
第1話 無報酬はダメ
師匠は言った。
「出来る出来ないをハッキリさせろ。さもなくば私はお前を殺してしまうだろうし、お前もまたやがて誰かを殺すだろう」
師匠は言った。
「無報酬はダメだ。たとえそいつが死にそうでも、無報酬は技を落とすことに繋がる」
師匠は言った。
「あり得ないと思えることは、あり得る。私達がそう想像しうることなら、物事は起こりえると考えろ。でなければ、お前の足元をすくおうとするもので世界は溢れているぞ」
彼、
いま自分が身にまとっているスーツには、おおよそ似つかわしくない見渡す限りの草原。そして草原には似つかわしくない地響きを伴う足音。そして白寿の生きる平和な現代日本に似つかわしくない、銀甲冑で走る騎士然とした誰か。
「御仁ーーーーーー! 加勢してもらえないかーーーーーー!」
その走る銀甲冑からの叫びと、その後方から迫る
「断る!」
地響きにも負けない声量で、ハッキリと。
◇
白寿が草原に立つ以前、彼は日本に戻り就職活動を行っていた。
戻り、というのには白寿の境遇に由来する。
彼は六歳の時両親が他界し、幼い弟と妹と共に彼の師匠になる人物に引き取られた。
それから十二年間。十八歳になるまで、学業以外の時間ほぼ全てを、師匠から武術を習うために費やし、師匠と別れた十八歳から、彼は世界中の武術大会に裏表関わらず出場し、その賞金で
それから六年。二十四歳になり、充分な学費も貯まったと判断できた時期に、二人の強い希望もあり、日本で一緒に暮らすことにしたのであった。
日本は平和で、賞金額の大きい格闘技大会はない。
蓄えはあったが、白寿はそういった理由もあり、就活を行うことにしたのだった。
己の武の探求は好きだが、特に人と戦うことに執着はなく、家族と暮らせるのならそれで良い。
「……見つけた」
そう声が聞こえたのは、スーツもまだ着慣れていない、日本に戻ってまだ数週間のこと。
後ろからそう呼びかけられた気がして振り向くと、一面草原の大地に立っていた。
◇
「ごじーーーーん!!」
ハッキリと断りを入れたにも関わらず、銀甲冑はこちらに走ってくる。
獣も。
状況がまだ飲み込み切れずに、ひとまず白寿も逃走を図るべく背を向けた。
「なっ! 待つんだ御仁ーーー!」
白寿は待たない。
駆け出して距離をあける。いくら走り慣れない革靴とはいえ、重い甲冑に負ける道理はなかった。その甲冑を追う獣にも。しかし、同時に疑問も生じる。なぜ甲冑が獣に追いつかれないのかとも。
「くっ、グロウ!」
その声が響き、ガシャガシャと鳴る甲冑の音が近づく。
驚いていると、銀甲冑は隣に並んだ。
「お前! 断ったのにバカじゃないのか? なぜ引き連れて巻き込んでくる」
「この人でなしが! なぜ逃げる?!」
非難する白寿に、そう声を荒げる甲冑の声は上ずっている。白寿は並走しながら、この速度なら一人でも逃げられるのではないかと言いたくなるが、己が主張を優先させた。
「断ると言っただろう。我が師の教えにより、報酬なき助太刀はしない」
「なんだと!」
「それに見ろ、戦う格好に見えるか? 俺はいま就職活動中だ」
「就職……? その恰好……御仁、迷子かっ!」
「失礼な!」
甲冑の言い草に強く反論する。
「いや、違う。意味が違うのだ! やっぱりか! ええい! 緊急なんだ! 加勢してくれ」
「だから断ると言っただろう。この早さなら、逃げるだけならお互いできる」
「それはダメだ。アイツはここで倒さねばならん」
「そうか、ではな」
速度を上げて離れようとした白寿の腕を、銀甲冑が掴む。
結構な力だ。
「待て! 頼むから。分かった、出来ることなら何でもする。今はすまん、思いつかない」
「……その言葉、覆すなよ」
交渉が成立し、白寿はさらに速度を上げ、獣と距離をとる。
本来、四足歩行の動物相手に、二足の人間では勝てる走力はない。相手が巨躯で、筋力も比例したなら
「知らん獣だ」
見た目は顔面に鉄仮面をつけたイノシシといったところだった。
前傾になり、地面を削り、たまに首を
だが、あの質量の突進を一度喰らえば終わりだろう。
「何だあれは?」
銀甲冑に叫ぶ。
「
「だから迷子とは! 失礼な奴だ! それよりどうする? 見ての通り丸腰だぞ俺は」
「それなら大丈夫だ。御仁、一度でいいからアイツを引き付けて、突進を避けてもらえないか? 横に回りたいがそれが叶わず参っていたのだ」
「ふむ……わかった」
「頼む!」
それからは早かった。
胸元に手を当てもう一度グロウと叫んだ銀甲冑は、緩やかにカーブを描きサイドに離れる。白寿は直線に速度を上げながらネクタイを解き、走りながら真上に投げ、仮面イノシシの注意を引いた。更に脚に力を込め距離を離し、急停止して振り向く。イノシシのサイズは日本の大型バスくらいか? その巨躯が近づく様を、圧倒されることなく見据え、首が反られるタイミングを計る。
そして、白寿は
時にすれば数秒にもならない距離。近づけば響くはずの轟音も集中で離れる。首が上がる瞬間を狙い、白寿はその下を潜るようにすれ違った。
「御仁、見事!」
刹那、声が響き、イノシシの首が上空に跳ね上がる。
残された胴体が、慣性により凄まじい勢いで地面を抉っていく。
程なく、飛ばされた仮面を被った首が落ち、ズンと腹に響く振動が伝わってきた。
「迷子……ね」
白寿はそう独りごちる。なにも、彼は世捨て人ではない。常人よりも武に傾倒し、常人よりも身体能力が高いが、弟妹との会話も盛んにする、普通の日本人だ。
そんな彼が、数日ではあったが、二人との日々の会話を思い出す。
楽しそうに話す本やアニメの中に思い当たるものがあった。
「異世界転生……いや、転移か」
それを裏付けるように、銀甲冑は先ほどまで持っていなかった大剣を担ぎ、目に見えるまでの緑のオーラをその身に纏っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます