第2話 報酬は欲張らない
飛び散った草がゆっくりと落ち、草原に似合う風音だけの静けさが戻ってくる。
研ぎ澄ました集中が解けると、耳鳴りのと錯覚するように草が擦れる音が届き、
首だけでも動く可能性もある。現状の異常さを、彼はそう認識する。
「ごじーーん!」
少し離れた位置から、銀甲冑が駆けてくる。この巨獣の首を斬り飛ばした大剣も、身に纏ったオーラもなくなっていた。ここがどこかは分からないが、想像とはかけ離れてはいないだろう。
「助かった。ありがとう」
「いや、慈善ではないから、言葉での礼はいらん」
「なっ……、報酬は出す。礼くらい言わせてくれよ」
素っ気なく答えると、銀甲冑は不満そうに鼻を鳴らした。
「何を用意したらいいか……」
「ところで、コイツはそのままなのか? これだけデカイなら、剥ぎ取ればそれなりの収穫になりそうなものだが」
「剥ぎ取り? あぁ、そう言う者も過去には居たか。ここに居てそれも知らないとは。やはり迷子なのだな」
「またか。なんだその、大人に向かって何度も迷子とは」
一人だけ納得したように頷く銀甲冑に多少苛立ちを覚えるが、それを表に出さず白寿は問う。銀甲冑はその質問に答える前に、獣を指し示す。程なく、鎧害獣は灰のような粒子になり、消えた。
皮も、肉も、骨もない。弟妹と見たアニメのような魔石とかいう核も、ない。ただ、ごとりと剣が一本。
それを大事そうに、銀甲冑は抱く。
「良かった…。本当にありがとう。オレは今からギルドに戻る。行きながら説明したいと思うが、いいだろうか?」
その提案には、白寿の選択権はない。
なにせ右も左も分からない。不服だが、文字通りの迷子である。しかし、彼は師匠の教えを思い出す。
師匠は言った。
『どうしようもない選択肢を迫られたとしても、主導権を相手に渡すな。自分の主張を返せ。些細でも良い。選択を迫っている自覚を相手に持たせれば、相手を格上たらしめる』
そして師匠はこうも言った。
「欲張るな……」
銀甲冑には聞こえないよう、白寿は師匠の教えを呟く。白寿は考えを巡らし、
「行きながらで構わない。甲冑よ、その情報が報酬だ」
そう選択した。
「そんなことでいいのか?」
「そんなことではない。いまの俺にはその情報が肝要だ」
「そうか、そうだな。なら少し歩こう、安全地帯に馬車を待たせてある。オレはイーグ。御仁は?」
「俺は白寿だ。甲冑よ、お前は……」
進む方向を指しながら、銀甲冑は名乗る。その無骨に感じる名前に、違和感。
甲冑でこもっているが、聞こえてくる声の質。剣を抱いた時の所作。走り方…。体躯は甲冑で参考にならないが、身長は兜の飾りを合わせて、百八十センチには届かない白寿と同じくらいだ。中身はもっと低いはず。
「イーグ、それは、ここでは男の名ではないのか? さきほどからのお前の動き、どう見ても……」
「オレは! 男、だ!」
甲冑で見えはしないが、イーグの剣幕に、白寿はそれ以上の追求はしなかった。
◇
――イソープ。
それがこの世界の名前だそうだ。
天上に向かってそびえ立つ『天神の鼻』、地下を無限に抉るといわれる『地神の喉』、そう呼称される二本の巨大な塔がそびえ立ち、その一対の塔で得られる資源をもって繁栄している世界。
そこに神の気まぐれで呼び込まれると伝えられる、世界に迷いし神の子、略して迷子。
イーグは道中、初対面の気まずさを紛らわせるためか、先ほどの問答を
白寿は改めて周囲を見渡すが、草原ばかりで塔などない。よほど
師匠は言っていた。
『名づけは大事だ。己が技、己が武具に名をつけるならば、それが世に轟くと思え』
そう教えられた白寿にとって、この世界の繁栄に直接結びついている塔が、鼻と喉と呼ばれることは残念に思えた。
その名の理由はすぐに知れる。
「神のおわす世界とはいっても、塔は己が神と偽った愚か者が創ったとも伝承されている。その愚か者が伸ばした鼻、
イーグの説明は
「元居た世界に帰るには、どうすればいい?」
「すまない、それはオレには分からない。迷子の伝承もいくつかあるが、そのほとんどがここでの生を全うしたものばかりだ」
「使命というのか、そういうものは?」
「いや聞いたことはない。なぜそう思う?」
「そうか、ならなんでもない」
伝承に残る迷子は目的のない転移。
ほとんど神隠しみたいなものかと、白寿は理解する。少し呆然となるが、すぐに弟妹の顔を思い出す。この境遇を、受け入れるわけにはいかない。
両親の死後、自分は運命に流されず抗うことを望んだのだから。
それに、ただの神隠しならなぜ…
『見つけた』
なぜそう聞こえたのか。白寿はそこに糸口があるような気がした。
「ハクジュ殿が迷子と分かった以上、無知のまま死なせるわけにはいかない。オレがしっかりとこの世界のことを教えるから安心してくれ」
胸を張りそう意気込むイーグ。この銀甲冑が悪人でないことはもうさすがに疑わないが、白寿は首を横に振る。
「それは断る。いま、この時間の情報、人が集まる場所までの案内で十分だ。俺が対等だと思える以上の物は要らない」
「そ、そうか」
あまりの素っ気なさに、イーグは肩を落とした。が、
「誤解するな。申し出はありがたい」
淡々とした会話の中にふと出た白寿の気遣いともとれる言葉に、銀甲冑の重さが消えたように足取りが軽くなる。その様子に、白寿は先ほど否定された、その甲冑の中身をやはり疑問に思った。
妹が言っていた。
「多様性だよ、兄様」
確かに裏の武術大会には、老若男女問わず、白寿よりも上手は居た。
どの世界でも、人の在り方を深く考えてはいけないのだろう。
◇
見晴らしの良い草原が続くこの場所に、安全地帯。
身を隠すにも、待機するにも、獣にも族にも丸見えのこの地にふさわしい言葉ではない。
そもそも、だ。
彼自身、多人数での戦いの知識も経験もそれほどあるわけではないが、先ほどの巨獣に対してもイーグ一人で対応していたことは、白寿の戦いにおける認識の中ではあり得ないことであった。そのことから考えられる可能性…。
「連れは、負傷しているのか?」
「御仁……ハクジュ殿は、先ほどの戦闘もそうだが、やはり只者ではないのだな。着ている服は戦闘向きには見えないが、就職活動とは戦闘職への志願なのか?」
「違う。まぁ、俺からすればお前の様相の方がよほど変だぞ。それに、俺の住んでいたところでは、負傷するような争いなどほとんどない。強さとは探求するものだ。個人の趣味と言ってもいい。就活はそうだな、お前たちで言う役人や教師、料理人みたいなものを目指すことと同じことじゃないか?」
「そうなのか。その落ち着きようで、もう普通ではないと思うのだがな。争いがないのなら良いのか、もったいないのか……。さて、ここだ」
草原をしばらく歩くと、幅広く草のない道が横断している場所に辿り着いた。辺境の風景に見えていただけに予想通りだが、舗装などはされていない固められた土の道。
その一画が、なにやら揺らめいているように見えた。
だが、向こう側は透けて見える。
「イーグだ。待たせてすまない」
そう呼びかけると、その揺らめきの中から一台の荷台が現れる。顔を出すものはおらず、荷台の上には横たわったまま動かないものが三人。そして、荷を牽くはずの獣がいない。
ふむ、思った以上に状況は良くないようだった。
孤島(一話目)の抜け殻 つくも せんぺい @tukumo-senpei
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