時の勇者の娘

第1話 禁忌の代償

 世界を脅かした魔の王を両断した眩い閃光は消え、もろともに切り裂かれた暗雲から青空がのぞいている。

 戦場になった部屋は壁も天井も崩れ、さっきまでの戦いの激しさを物語っていた。

 外では俺たちの勝利を確信したのか、鬨の声が上がる。

 仲間たちはきっと、俺たちの無事を確信し歓喜しているだろう。


 勝った。しかし、動けるのは俺一人。


 抱き起こした彼女の身体はベッタリと流れた血が染みて、服が受け止めきれなかった出血が俺の腕を伝って肘から落ちる。腕は力なく垂れ、呼びかけにも反応はない。か細い呼吸だけが、この凍てついた決戦の地で白く線を引き、残りわずかな生を示していた。

 いまここで彼女の命が尽きることは、ここに至るまで幾度も戦い、多くの死を目にしてきた俺には分かる。


 別れの言葉は交わしていない。

 別れだけではない、その先の未来のことも。


 この戦いが最後だと。

 それが終わったら、それぞれが別の道に進もうとも夢を語ろうと誓って臨んだ。

 だから……この戦いで生き残れたら伝えるつもりだった言葉がある。


 勇者ではない自分たちでも、生を受けたこの大地が受ける魔の支配をわずかでも解放しようと志し、幾度も倒し、幾度も逃げた。

 故郷でもある大陸を支配から解放する最後の戦い。

 その勝利の代償が、彼女だ。


 俺に癒しの術は使えない。それは彼女の役割だった。

 それでも、目の前の死を掬い上げるような奇跡のような力はではない。


 明日の平和は来る。

 彼女のいない明日が。

 目指した勝利は、二人で迎えなければ意味がないのに。


「……時よ」


 剣に願う。勇者ではない俺が、勇者と呼ばれる羽目になった剣。

 時間を司ると伝えられる、時の剣。


『やめるんだ』


 願いを妨げるように、剣に宿る精霊が警告する。

 けれど、他に彼女をとり戻す方法はない。

 選ばし時の勇者ではない俺がこの剣に課された制約。とり戻した時間は、己が支払う。


『やめろ。命に届く魔の力へのあらがいは、己が寿命では払いきれんぞ!』


 無視する。くつがえせるのなら、俺の残りなど要らない。

 全てと引き換えでも、彼女が生きられるのなら……これからの彼女に俺の全てを捧げよう。


「……時の神よ。いま一度過ぎ去りしあなたの息吹に目を向け、我が道に光を与えたまえ」


 剣が願いに呼応し輝き、願いの大きさに耐えられなかったからか、細かな結晶になり崩れていく。


『……愚か者。遺される者の気持ちを目の前で味わいながらその選択をするとは。足りぬと言っているだろうが』


 これまでの戦いの中で何度も聞いた精霊の呆れ声。

 いまは何か、痛みを帯びているように聞こえる。

 崩れていく剣は失敗を意味するのか、初めて目にする俺には分からない。

 聞こえてくる悪態も、願い続ける俺への警告なのかもしれない。


 俺は剣に選ばれたわけじゃない。

 勇者が現れないから、それまで魔の侵攻を防ぐために契約しただけの協力関係だ。

 剣の本当の力を引き出すには分不相応だなんてことは分かっている。

 だが、諦める理由など……どこにもない。


「散々協力しただろうが! 出来ないことだって、今日の戦いだって! 倒せないはずの敵だって倒した! 勇者がやるハズのことを、お前ら神と精霊が出来ないことを、俺たちが!」


 剣は朽ち、核の石が落ちる。

 その石を握り、叫ぶ。


「この一回くらい、俺たちに感謝があっても良いだろうが! 足りないのなら、お前らが足りない分をくれよ!」


 救えなかったものが沢山あった。その中で彼女だけに特別な奇跡が起こるだなんて、俺のエゴで思い上がりだなんて分かっている。

 それでも、いまこの消えそうな彼女の温もりを、白い吐息を、赤い血を……失うはずの時間に抗う願いを、俺は叫ぶ。


 彼女だけは、と。


『……後悔するなよ』


 握りしめた石が白熱し、俺たち二人は光に包まれた。





 世界を満たす精霊の力を引き出し利用する『精霊術』の恩恵により栄えた七つの大陸。

 精霊を隷属し、世界を支配しようとした魔族と、それに対抗する他種族の戦争により混沌とした時代が続いていた。


 そんな中、精霊の恩恵を常人よりも遥かに得られる勇者と呼ばれる存在が各大陸で現れ、他種族側の勝利へと戦況を決定づけていた。

 これは勇者が現れなかったある大陸で、故郷を守るため時の剣と契約し魔に抗い続けた結果、と呼ばれてしまった俺の、戦いが終わったその後の物語だ。

 




「お父さん、もう一回!」


 一つ結びされた赤い髪をぶんぶんと揺らしながら、娘が飛ばされた木剣を拾いに行く。振り向いた顔は口が悔しそうにへの字に曲がり、何度やられてもその表情ができることは素養だなと口元が上がった。


「そのニヤッとしたまだ余裕って顔、腹立つ!」


 睨み放つ言葉から、俺のこの気持ちは通じてないなと苦笑いに変わるが、そんなもんだろうと思う。


「ルッカ、まだまだ元気ならどんどんかかって来なさい」

「疲れてやめたいって言っても許してあげないんだからね!」


 飛びかかってくるルッカの直線的な動きは、まだ幼いながらも速い。叩き込まれる木剣をこちらも木剣で受け流しながら、成長を感じていた。


 しかし、まだ足りない。

 俺はこの娘を、次代の勇者に育てなければならないのだ。


「ルッカ、真っ直ぐなばかりではダメだ」

「逆だよ! お父さんくらいの相手、まっすぐだけで勝てないと足りない。勇者はもっと強いんだから!」

「……そうかもな」


 赤髪を揺らし攻めてくる娘の木剣を再び弾き飛ばした時、皺が刻まれた自分の手が視界に入る。

 あの日から約十年、彼女も十歳を迎えた。


 ──ルッカ。


 かつて共に戦い、想いを告げられないまま失いかけた仲間。

 死という運命への抗いを、時の精霊と神に願った代償は、俺の約二十年分の命と、それまで彼女の生きてきた二十年の経験や記憶の全てだという。


 赤子に変わり、激しく泣くルッカを呆然と見下ろす俺に、時の精霊は言った。


『お前の寿命と、彼女の生きて得た全てが代償だ。成長も、記憶も、絆もな。魔の気配は完全に消滅したわけではなく、霧散しただけだ。だから、お前がこの赤子を勇者として育てよ』


 ──そう告げられ、父親の真似事を愛した仲間相手に努めてきた。はじめは頭がどうにかなりそうだったが、赤子は一人では生きていけない。

 必死に手探りでいままでやってきた。


 陽光に照らされる娘と、何度目かの対峙。

 彼女は成長し、あの日のルッカの容姿にだんだん近づいている。

 しかしあの日失った二人の未来も、思い出も、俺にしか残っていない。






 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る