第27話

 雨の日、古い劇場でピアノを弾く青年に出会った。名はアリレイ・キャンデライゼ。貧しい旅回りの奏者。痩せた頬、よく笑う目。音だけが誇り――そんな音だった。


「宮廷のシンセを弾いてもらえない?」ローザは誘った。思想なんてどうでもいい。ただ音が欲しかった。アリレイは驚いた顔で笑った。「女神さまに頼まれたら断れないな」


「女神?」ローザは首を傾げる。

「うん。夢でずっと探してた。目が覚めると、近くにいる気がして」


 アリレイは鍵盤の上で指を踊らせた。「いるよ。だって、君が神さまだもの」


 ローザは笑って首を振った。神の名はまだ似合わない。彼女はただ、傷口のような世界の風に、歌をかざすだけだ。


 やがて、アリレイは咳をするようになった。楽屋で手巾が赤く濡れた夜、彼は冗談めかして言った。


「神さま、君に命あげるよ」


「だめだよ。あなたの命は、あなたのものだもの」


「なら……俺の全部の音を置いていく。君の祈りに混ぜて」


 冬の入口、アリレイは静かに息を引いた。ローザは棺に白薔薇をのせ、彼の鍵盤に頬をあずけて泣いた。赤い涙は鍵と鍵のあいだへ落ち、鈍い銀色に染みて消えた。

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