第26話 影の盾、揺らぐ心

 ローザは夜の帳のなか、兄の背を見つめていた。

 ナジカリットの姿はいつもそこにある。

 冷たい鋼のように、揺らぎなく、自分を覆い守り続ける影。


 ――けれど、その影は時に檻でもあった。


 幼いころ、ローザはその檻に安らぎを覚えた。

 兄の眼差しは他の誰よりも鋭く、他の誰よりも厳しかったが、同時に唯一、絶対に自分を裏切らぬ盾だったから。

 だが今、その堅牢な檻の隙間から、光が差し込んでしまった。


 アリレイ。

 彼の音は、兄にはないやわらかさで胸を揺らす。

 幼子のように不器用で、それでも真っ直ぐに向けられる旋律は、ローザの奥底をくすぐり、眠らせていた感情を目覚めさせてしまう。


(兄上……私を守るために、あなたは鋼の剣となった。

 けれどその鋼に抱かれていては、私は血の通った花にもなれない)


 罪悪感が胸を刺す。

 兄を思えば思うほど、アリレイの奏でる震える音が、甘美に思えてしまうのだ。


 ナジカの横顔は月光に照らされ、氷の彫像のようだった。

 その横に立ちながら、ローザの心は秘めやかに、ひとり揺れていた。

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