第25話 白銀の調べ、遥かな憧憬

アリレイは、楽器の弦をそっと撫でた。

 震えるように生まれる音は、まだ未熟で、掠れてさえいた。

 それでも、ローザが耳を傾けてくれるとき、たしかにその旋律は輝きを増すのだ。


(どうして……あなたの前だと、何も隠せなくなるんだろう)


 ローザの微笑みは、夜空に灯る星のようだ。

 近づけば砕け散ってしまいそうで、それでいて、遠くから見ているだけでは心が飢えてしまう。


 彼女の声が呼ぶたびに、胸の奥がざわめいた。

 “主”としての尊厳に触れる畏れ。

 “女性”としての麗しさに対する憧れ。

 そして――名もなき感情の奔流。


 ナジカリットが放つ冷徹な眼差しを思い出す。

 あの瞳は、常にローザを守り、縛りつける。

 自分が割って入る隙間などないことは、痛いほど理解していた。


 それでも。


「ローザ……」


 囁いた名は、夜の冷気に溶けて消えていった。

 彼の指は再び弦を弾き、弱く揺れる旋律を紡ぎ出す。

 その音色は祈りのようであり、恋にも似ていた。


 ――たとえ報われぬとしても。

 この音だけは、彼女に届いてほしい。

 アリレイの願いは、白銀の調べに託され、星々のきらめきに溶け込んでいった。

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