第24話 濃紺の影、沈黙の刃

花園をあとにしたナジカリット・セディアースは、城の回廊を無言で歩いていた。

 月光の差し込む窓に影が揺れ、その影こそが彼の心そのもののように長く、重く伸びていた。


(ローザ……おまえはまだ知らないのだ。人間がどれほど脆く、狡く、そして危うい存在かを)


 彼は幾度も人間の血を見てきた。

 戦場で、密約の場で、あるいは娯楽の宴で。

 不死ではない彼らは、あまりにも簡単に壊れる。

 だからこそ、愛も忠誠も、儚い幻のように思えてしまうのだ。


 ――だが。


 ローザの傍らに立つアリレイの姿は、どうしても彼の胸をざわつかせた。

 透き通る音を奏でる指先。

 無邪気に微笑む横顔。

 そして、その音に寄り添うローザの表情――それは自分がどれだけ望んでも得られなかった、安らぎの色を帯びていた。


(俺では、あの笑みを引き出せないのか……)


 思考は冷たく、しかし胸は焼けるように熱い。

 嫉妬という名の炎か、それとも護衛としての責務か。

 ナジカ自身にも、判別はできなかった。


 回廊を抜け、無人の大広間に足を止める。

 壁にかかった鏡に、自分の姿が映っている。

 濃紺の髪、黒の軍装、整った面差し。

 ――だがその瞳には、果てしない孤独が宿っていた。


「ローザ……おまえは俺の“妹”だ。

 けれど、それ以上であってはならない存在でもある」


 呟きは、氷のように冷たく砕けた。

 彼は鏡を背にして歩み去る。

 その足取りは確かでありながら、心は深い迷路に迷い込んでいた。

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