第23話 氷の花園にひそむ影

 アリレイの音は、夜ごと宮廷を満たしていた。

 透き通る旋律は、氷の城壁をすり抜けて遠くの街へ届き、人々は「白薔薇の楽士」と噂するようになった。


 ローザは毎夜、花園に彼を呼び寄せた。

 月光を浴びる白薔薇の前で、二人きりの演奏。

 音に合わせて花弁がふるえ、赤い蜜がきらめく。


「ねえ、アリ。神って、ほんとうにいるのかしら」

 ローザが問いかけると、アリレイは鍵盤に指を止めた。


「……さあ。でも、こうしてあなたを見ていると、信じてもいいと思えてしまう」


 その言葉にローザは微笑んだ。

 しかし次の瞬間、花園の陰から視線を感じて、振り返る。


 そこに立っていたのは、ナジカリット・セディアース。

 濃紺の瞳が、燃えるように冷たく光っている。


「ローザ。人間と、ずいぶん仲良くしているんだな」


 低い声に、花園の空気が張りつめた。

 ローザは咄嗟に言葉を探す。

「アリは……ただ音を奏でてくれるだけ。思想も立場も関係ないわ」


 ナジカは一歩近づき、アリレイを見下ろした。

 その表情には、兄としての警戒か、それとも別の感情か――ローザには判別できなかった。


「……忘れるな。おまえは“アイスド・ローゼ”だ。誰とでも対等に触れ合えるわけじゃない」


 背を向けて去っていくナジカの影が、月光に長く伸びる。

 その背中に、ローザは言いようのない寂しさを覚えた。


(ナジカ……あなたまで遠ざかってしまうの?)


 白薔薇の花園に残されたのは、夜風と、アリレイの沈黙だけだった。

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