第20話 揺れる兄と沈黙の弟

 深夜。氷の庭園にひとり立ち尽くすローザを、ナジカは遠目に見ていた。

 月光を浴びる彼女の横顔は、子どものように幼くも、大人の女王のようにも見える。


「……おまえ、本当に変わったな」

 声をかけると、ローザは振り返り、小さく微笑んだ。

 その笑みは、かつて怯えて泣いていた妹のものではなく、痛みを引き受けた者の強さを帯びていた。


「ナジカ。私、神になるって決めたの」

 静かな宣言に、ナジカの胸はざわめいた。


 兄として、彼女を守るのが役目だと思っていた。

 だが今目の前にいるのは、もう庇護を必要とする子どもではない。

 知らぬ間に置き去りにされた気がして、ナジカは苛立ちを隠せなかった。


「勝手に決めるな。俺が守るって言っただろ」

「でも……守られてばかりじゃ、いつかあなたを失う」

 ローザはゆっくりと首を振った。その瞳に、青と赤が溶け合うような光が宿る。


 言葉を失うナジカの後ろから、足音が近づいた。

「ローザ……」

 ユラフィリアが現れる。長い赤毛が風に揺れ、その黒の瞳は深く静まっていた。


 彼は何も言わず、ただローザの手を取った。

 白く小さなその指に残る血の跡を見つめ、ユラは唇を固く結ぶ。


「……あの薔薇に触れたのか」

「ええ。怖かったけど、逃げなかった」

 ローザの答えに、ユラの肩がわずかに震えた。


「ローザ……おまえはもう、俺たちよりも遠いところへ行こうとしている」

 その呟きには嫉妬とも憧れともつかない色があった。


 三人の影が氷の庭に並ぶ。

 だがその距離は、もはや並び立つ兄妹のものではなく、互いの運命を量る者たちのものだった。

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