第19話 氷に映る影
夜の宮殿は、青白い月光に包まれていた。
回廊を行くローザの影が長く伸び、その先にひとりの影が重なった。
「……変わったな、ローザ」
低く囁く声。振り返れば、軍装をまとったキシールクスがそこに立っていた。
その黒き瞳には、あからさまな挑発が浮かんでいる。
「あなたは……私を試しに来たのね」
ローザは唇を結び、そっと背筋を伸ばした。
「神を名乗る者に、恐怖は許されない」
キシは片膝をつき、血で染めた小さな薔薇を差し出した。
それはかつてローザが怯え、涙に濡れて倒れた日――ナジカが拾い上げた白薔薇を、彼の血で染めたものだった。
「受け取れるか? あるいは、再び倒れるか?」
艶やかな声に、冷たい嘲笑が混じる。
ローザは薔薇を見下ろした。
胸の奥が凍りつき、あの忌まわしい「血と誕生の光景」が蘇る。
しかし――震える指で、その薔薇をそっと掴んだ。
「私は逃げない。
……血も痛みも、祈りも、この身で引き受ける」
その瞬間、赤い雫が指を伝い落ちた。
キシはわずかに目を細め、苦笑する。
「……よかろう。ならば、いつか本物の神かどうか、俺が裁いてやる」
彼の影が闇に溶けて消えると、ローザの手にはただ冷たい薔薇の花弁だけが残っていた。
指先の痛みは確かに存在し――それが彼女の「人間らしさ」を証していた。
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