第21話 氷の薔薇と民衆の眼差し

 雪解けの街路を、白い馬車がゆっくりと進んでいく。

 カーテンの隙間から覗くローザの横顔を、人々はひと目見ようと押し寄せた。


 ――アイスド・ローゼ。氷の薔薇。


 その名は、もはや血統や権威ではなく、美貌そのものを意味していた。

 凍るように透きとおった肌、少年にも少女にも似た姿、年齢を超えた存在感。

 群衆の口元からは、憧れと畏怖のどちらともつかぬ吐息が洩れる。


「ロゼさまは、神を信じていれば飢えも癒えると笑ったのだ」

「違う、あれは記者の作り話だ」

「でも……美しいお方がそうおっしゃるなら、本当のことかもしれない」


 真実と虚構が混ざり合い、噂は翼を得て広がっていく。

 ローザの耳にも届いたその言葉は、胸の奥に針のような痛みを残した。


(わたしは……そんなこと、言っていないのに)


 だが馬車の窓に映る己の姿は、抗弁を許さぬほど冷ややかで神秘的だった。

 笑っても、泣いても、声を張り上げても、民には「氷の薔薇」としての仮面しか届かない。


 隣に座るユラが小さく囁いた。

「……気にするな。鳥の鳴き声みたいなものだ」

 その黒い瞳は優しくも、どこか諦めを帯びている。


 ローザは答えなかった。

 ただ胸の奥で、誰にも見えぬ透明の涙がゆっくりと零れ落ちていった。

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