第18話 氷の庭に咲く

 城の回廊に、足音が響く。

 それは幼き日の軽やかさとは違う、芯の通った足取りだった。

 侍女たちは思わず息を呑む。

 長く「子ども」としか見えなかった姫君が、今そこに――氷の宮殿にふさわしい威厳を帯びて立っていたからだ。


 ライトゴールドの髪は背に流れ、青白い光を帯びて揺れる。

 アクアブルーの瞳は氷湖の底を覗くように深く澄み、声を失った者の心すら映し返す。

 ローザはドレスの裾を持ち上げ、ゆるやかに階段を降りた。


「……神が、歩いている」

 誰かがそう呟いた。

 それは侍女でもなく、兵士でもなく、ただのひとりの人間の民の祈りにも似た声だった。


 謁見の間にて、マリヤが鋭い瞳でローザを見据える。

「……おまえ、どうした?」

 長い沈黙の後に投げかけられた問いは、驚愕と、かすかな怯えを孕んでいた。


 フェザーは微笑みながら囁く。

「ついに咲いたんだよ、氷の薔薇が」


 ローザは静かに頭を垂れた。

「私はもう、幼き氷花ではありません。

 ……この国の涙も、血も、私が引き受ける」


 その声は震えていた。だが、透き通る鐘の音のように謁見の間に響き、

 その瞬間、誰もが――ローザが「神」として歩み始めることを悟った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る