第17話 二十歳の朝
「私、大人になる」
その言葉は、ローザ自身の唇からこぼれた瞬間、氷の薔薇の花弁に宿る微光のように揺れ、夜の城に静かに響いた。
幼き姿のまま幾世を過ごした彼女が、ついに選んだ決意。
ナジカは何も言わずに見つめ、ユラはただ、彼女の頬に落ちる透明な涙をそっと拭った。
その夜、ローザは眠りについた。
夢はなかった。けれど、深い水底に沈みこむような眠りの奥で、誰かが囁いた気がする。
――薔薇は氷の奥で眠りつづける。けれど、祈りが芽吹けば、やがて新しい花が咲くだろう。
夜明け、氷のように澄んだ光がカーテンを透かし、部屋に満ちる。
最初に異変に気づいたのは、侍女ではなく自らだった。
重さの違うまぶた、のびやかに響く自分の声。
鏡を見た瞬間、ローザは息を呑んだ。
そこには、昨日までの「永遠の十四歳」ではなく、
しなやかに伸びた肢体と、深い水晶のような眼差しを備えた「二十歳のローザ」が映っていた。
頬を撫でると、そこにはかつての幼さと、今得た大人の輪郭が溶け合っている。
時間が一夜で追いついてきたのだ。
白い薔薇の蕾が、一瞬で開花したかのように。
扉の向こうで、ナジカの低い声がした。
「……ローザ?」
その呼びかけは、驚きと畏れと、そしてどこか祝福の響きを帯びていた。
ローザは静かに微笑んだ。
「ナジカ。もう、子どもじゃない」
その声は、氷の薔薇の庭を渡る風のように凛として、美しく。
神秘の光に満ちた、新たな朝が始まった。
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