第12話 幻視の選択

泉に映し出された未来の幻影は、二人の胸を強く締めつけた。

 血に染まった戦場の映像は、剣を持つナジカにとって現実の延長のように見えた。

 一方で、祈る人々と光り輝く薔薇の映像は、ローザの心を熱く揺さぶった。



「ローザ、目を逸らすな」

 ナジカの声は低く鋭い。

「これは“もしも”じゃない。……俺たちが選ばなきゃならない道なんだ」


 ローザは震える手を胸に当てる。

「でも、どうすれば……。私たちが選んでいいことなの?」


「おまえだろ、ローザ」

 ナジカは真っ直ぐに言い切った。

「おまえが望む方を、俺は守る。たとえ戦場でも、祈りの場でもな」


 その言葉に、ローザの瞳が潤んだ。



 泉の薔薇が、再び強い光を放つ。

 そして――ローザの心の声に応えるように、彼女の手に光の花弁が降り積もった。


「これが……答え?」

 彼女はそっとそれを握りしめた。


 すると、幻影が変わる。

 戦場に散った兵士たちの姿が消え、代わりに子どもたちの笑い声が広がる光景が映し出された。

 荒野だった土地に薔薇が咲き誇り、民が歌をうたっている。


「……未来は、変えられる」

 ローザの小さな声は、祈りのように震えていた。



 そのとき、森に冷たい風が吹き抜ける。

 光の天使は静かに羽ばたき、やがて月に溶けるように姿を消した。

 泉の水面も静けさを取り戻し、ただ星の光を映すばかり。


 残されたのは、ローザの掌に輝く一片の白い花弁だけだった。


「ローザ」

 ナジカがその肩に手を置く。

「もう迷うな。おまえの選んだ道を、俺が剣で守る」


 ローザは涙をこぼしながら、強くうなずいた。



 ――その瞬間、森の奥から不吉な金属音が響いた。

 鎧を着た兵士の列が、松明の明かりとともに迫ってくる。


「追いつかれたか……!」

 ナジカは剣を抜き、ローザを背に庇った。


 ローザは掌の花弁を見つめる。

 その光が、夜の闇を照らすように淡く脈打っていた。


(私は……もう逃げない)


 幼い姿のまま、だが心は確かに大人として――ローザは覚悟を決めた。

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