第11話 森の目覚め

城を抜け出した二人は、ひたすら走り続けていた。

 夜の森は冷たく、枝葉が顔を打ち、足元の土は柔らかく沈む。

 だが、手を取り合う温もりが、互いを導いていた。



「はぁ……はぁ……ここまで来れば、追手も……」

 ナジカは肩で息をし、剣を杖のように突き立てる。

 額には冷たい汗が流れていた。


 ローザも同じく荒い呼吸をしながら、振り返る。

 暗闇の奥に、人影も灯りも見えない。

「……いないみたい」

 胸の奥に、ようやく安堵が広がった。



 森の奥へと進むうち、突然、ひときわ開けた場所に出た。

 そこは月光が降りそそぐ小さな泉。

 鏡のように澄んだ水面に、夜空と星々が映っている。


「きれい……」

 ローザは思わず声を漏らす。

 その泉の中央には、一輪の白い薔薇が浮かんでいた。



 ローザは泉のほとりにひざまずき、手を伸ばした。

 しかし触れるより先に、薔薇は淡い光を放ち、花弁を揺らした。

 まるで、彼女を待っていたかのように。


「……生きてる?」

 ローザの青い瞳に、涙がにじむ。

 その瞬間、光が広がり、森全体を照らした。



「これは……」

 ナジカが思わず息を呑む。

 光の中に浮かび上がったのは、人の姿に似た“天使”だった。

 透きとおる羽を背に、静かに彼らを見つめている。


「おまえ……俺たちを導こうとしてるのか?」

 ナジカが低くつぶやく。


 天使は答えない。ただ、泉の水面を指さす。

 そこには未来を映すように、揺らめく幻影が浮かんでいた。



「ナジカ、見て……」

 ローザがその光景に目を奪われる。

 そこには血煙に包まれた戦場、そして倒れる兵士たちの姿があった。

 だが同時に、薔薇に祈りを捧げる民衆の姿も重なっている。


「……選べってことか」

 ナジカの声が重く響く。

「戦いの道か、それとも祈りの道か」


 ローザは強く唇を結び、泉を見つめた。

 その瞳には恐怖ではなく、新しい決意が宿っていた。

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