第2話 戦火の影
十四歳の姿で成長が止まったローザには、王位継承権は事実上ない。
不死の血を持つとはいえ、人形族は殺されれば終わる。だから代を重ね、後継を残すことが義務とされてきた。しかし、ローザにはその資格すら与えられていない。
百五十年以上も生きているのに――。
酒も、煙草も、結婚も、参政権も、あらゆる「大人の権利」は禁じられていた。城の外では、警備兵が「ご年齢は?」と確認するたび、書面に「十四歳」と記されるのを見るのが苦痛だった。
ナジカはよく言った。
「法律なんざ変えりゃあいいだろ」
しかし内閣は首を横に振るばかりだ。
「同世代の国民に悪影響を与える」――そう結論づけてから、二十年もの間、何も変わらなかった。
ベッドの端で膝を抱えていたローザは、吐き出すようにつぶやく。
「私はもう子どもじゃないのに……」
瞳には反抗と諦めの入り混じった光が揺れている。
ナジカはあくびをして笑う。
「見た目だけなら十分ガキだよ。……でも、まあ、可愛いからいいんじゃねえの」
「からかわないで!」
ぷいと横を向いたローザの頬は、薔薇の蜜のように赤く染まっていた。
そんな日常に、ひとつの影が差す。
ある夜、ナジカが気だるそうに口にしたのだ。
「そういやマリヤが戦争するとか言ってたな」
「……え?」
ローザは椅子から跳ね上がった。
胸を突き刺すような言葉。
「どこの国と?」
「忘れた。けど同盟国を助けるんだとよ」
「いや……いやよ……!」
耳を塞ぎ、ローザは首を振った。
戦争という言葉は、それだけで体を震わせる。血と涙、破壊と死。その光景を想像するだけで胸が詰まる。
「私、止めなきゃ……」
翌日の夕食の席。
ローザは勇気を振り絞って切り出した。
「マリヤ……戦争は、やめて」
鋭い瞳が突き刺さる。第一世代、創造者にして王。オレンジの髪を結い上げたマリヤは、ナイフを止めたままじっと見つめる。
「何を馬鹿なことを」
「戦ったら、人が死ぬじゃない……。どうして仲裁に行こうとしないの?」
声は震え、涙がにじむ。
けれど返ってきたのは冷笑だった。
「おまえは何も分かっていない。もし言葉で解決できるなら、とっくに終わっている」
その場で、ローザの訴えは打ち砕かれた。
食卓の上、真紅の薔薇蜜が落ちる音が、敗北の鐘のように響いた。
――結局、自分には何もできない。
そんな思いが胸を締めつける。
その夜、フェザーキルに呼ばれたローザは、優しい抱擁の中で子どものように泣いた。
「大丈夫。マリヤちゃんのやることだし」
「私は……十四歳だから、何も言えないの?」
真紅の涙がフェザーの衣を染める。
その柔らかい声は慰めだったが、同時に「無力」を突きつける響きでもあった。
眠りにつくとき、ローザはひとり祈った。
(どうか戦いが、すぐに終わりますように)
しかし願いは届かず、戦は長引き、血の報せばかりが届くのだった――。
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