神は眠れる氷の薔薇に

@nana-yorihara

第1話 血の記憶

 その日のローザは、人間の年齢に換算して十四歳だった。

 男でも女でもない、「人形族」と呼ばれる不老不死の一族。王室の第二子として生まれ、民からは城と同じ名で「アイスド・ローゼ」と呼ばれていた。


 ローザヴェル・シェリステラ。

 白磁の肌、光を閉じ込めたようなアクアブルーの瞳、波打つライトゴールドの髪。そのいく束かを編み込み、頭には小さなティアラ。美を象徴する存在であるはずなのに、この日、彼/彼女は初めて「美しさでは救えないもの」を見てしまった。


 ――城を抜け出し、好奇心のままに町へ出たときのことだった。


 古びた家の奥から、女の悲鳴が聞こえた。

「痛い、痛い! もう死ぬ、死んでしまう!」

 思わず物陰に身をひそめたローザは、そこで目にしてしまう。

 血に濡れた敷布の上で、女がのたうち、周りの者たちが必死に支えている。やがて赤黒い塊のようなものが現れ、女の腕に抱かれた。


 ローザには理解できなかった。

(あれは……何? 命なの? どうして、血と叫びの中から……?)


 胸を抉られるような恐怖とショックに、呼吸が乱れ、視界が白く染まっていった。

 気がつけば、城のベッドの上だった。ナジカリット・セディアースが、必死に揺さぶっている。


「ローザ! しっかりしろ!」

 ナジカは第一子で、ローザの二十年先を生きている。外見は青年、均整のとれた長身に軍服めいた衣装、黒い瞳は冷たさと優しさを併せ持っている。


 ローザは震えながら、声をふり絞った。

「ナジカ……怖かった……」


 言葉は幼く、しかしその瞳には底知れない動揺が宿っていた。

 人形族が子を得る方法は知っている。二人が血を混ぜ、白い薔薇に吸わせ、祈る。三日後、荒野に子が現れれば成功。

 血と祈りの花から生まれるのが人形族の「常識」だった。


 だが人間は違う。

 体を裂き、血と苦痛の中で命をひねり出す。その現実は、ローザの「世界の形」を壊してしまった。


 涙と赤い体液を流し、ローザはナジカの胸にしがみついた。

 その日から――ローザの肉体は「十四歳の姿」で成長を止めてしまう。


 百年、二百年経っても変わらない。

 心は成熟していくのに、鏡に映るのは永遠に幼い姿。

 それは人形族史上、前例のない異常だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る