第2話 火曜日さんのれんげ畑
真っ平らに見えた草原は、実はゆるやかな坂道だった。歩くたびに、草の上に月明かりが波のように揺れる。
「友だちって、楽しい?」
しっぽがふいに顔を覗き込んでくる。
「まあね」
アキラは曖昧に答えた。本当は、「じゃあ、ぼくと友だちになろうよ」って、言いたかった。でも、なぜか口がもごもごして、うまく言葉が出てこない。
しっぽは、きらきらした目で言った。
「ねえ、アキラ。友だちになってもいい?」
「……いいよ」
もちろんだった。アキラは少し照れながらも、すぐに答えた。
「やったね!」
しっぽはぴょんっと飛び跳ねて喜ぶ。
「初めての友だち、よろしくね」
アキラの前にくるりと回りこみ、恭しくお辞儀をして、小さな手を差し出してくる。アキラはその手をきゅっと握った。ちょっと痛いくらい心臓が高鳴ったけれど、不思議といやじゃなかった。
「ありがと」
しっぽも少し頬を赤らめて笑う。
やがて、坂を登りきると、目の前に風景が開けた。
一面にれんげの花が咲き乱れている。月の光を浴びた濃いピンク色の花は穏やかな風にゆらゆらと揺れていた。
「誰かいる」
アキラが指を差す。花畑の向こうに、誰かがレジャーシートを敷いて、お弁当を広げていた。
「火曜日さんだよ」
「火曜日さん?」
「典子のお客さま」
「まさか、お母さんの魔法の仕事の?」
「そのとおり!」
しっぽは駆け出した。アキラも後を追う。
近づくと、火曜日さんは半袖に短パン姿の女の子だった。れんげの花を踏まないように、花の間にレジャーシートを敷いて、サンドイッチをつまんでいる。
その目が、アキラに向けられた。
「誰か来るなんて、聞いてないけど」
少し鋭い目だった。アキラは思わず足を止める。
「この子、あの人の息子なんです。間違えて入っちゃって……」
しっぽが慌てて言うと、火曜日さんの表情がふっとやわらいだ。
「あら、息子さんなの。あなたのお母さん、ほんとうにすごい魔法使いよ」
声も表情も、ふんわりと優しくなった。その変化に、アキラも少し安心して近づく。
「ぼくたち、出口を探してるんです」
アキラが口を開く。
「出口? うーん……私は知らないわ。時間が来たら、迎えが来ることになってるから」
「そうですか……」
二人は同時に肩を落とした。
「元気を出しなさいな。この先に何かあるかもしれないでしょう?」
火曜日さんは、れんげの花を一輪手折って、アキラに渡してくれた。微かに草の匂いがした。
「ありがとう」
二人はぺこりと頭を下げて、その場をあとにする。
歩きながら、アキラはどうしても聞かずにいられなかった。
「どういうことなの? あの人、毎週火曜日にこの世界に来て、お弁当食べて帰るの?」
「火曜日の夜だけね。ここの時間は止まってるから、現実には影響しないんだって」
「でも……どうしてそんなことを?」
「悩みも苦しみも、全部忘れたい人が来るんだって。なにもない、きれいで、静かな場所に」
しっぽの声は、どこか遠くへと響いていく。
「お母さんが……この世界を、作ってるの?」
「うん。魔法使いだから。望む人にだけ、扉を開いてあげるの。それが、典子様の魔法」
アキラはうつむいた。胸の奥がきゅっと締めつけられる。
人を救う魔法なのか、逃げさせる魔法なのか。
母のしていることが、良いことなのか悪いことなのか、アキラにはまだ分からなかった。
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