第5話 赤い風車の梟

 一月十六日。土曜日。


 体力を回復させるために部屋で寝ていた。


 布団が血まみれになってしまっていた。


 身体の血や汗を洗い落としていると、電話機が鳴ったので出てみると、葉彦の母からで、葉彦が起きたという。


 五日起きなかったのに。


 やっと起きた。


 起きた!


 起きた!!


 俺は大慌てになって、コートもはおらずに上裸のまま病院に駆け出していた。警官が多かったが、脇目も振らずに走った。


「葉彦。葉彦、葉彦」

「五郎、お前なんて格好してんだ……」


 葉彦は生きていた。生きていてくれた。


「アァ〜よかった。よかった、本当だ。起きた。ああ、良かった。よかった、葉彦。生きててくれてよかった。生きててくれてありがとう。本当に、ありがとう。よかった、本当に良かった」


 本当に良かった。本当に良かった。神様というのがこの世にいるなら、俺はこの日ほど神様に感謝した日はない。


「本当に、起きてくれてありがとう。本当に嬉しい。よかった。もう、また、またいなくなるかと思った。絶対に嫌だった。お前のいない世界で生きたかなかった。よかった、本当に良かった。葉彦、葉彦、葉彦。ああ、もう、葉彦。葉彦」

「落ち着け」


 俺は気を失った。


 どうやらだいぶ血を失っていたらしく、二時間後に目を覚ますと、傷が縫われていた。


「無茶、したんだな」

「そりゃあ、する」


 同じ病室を入れられて、しばし二人の時間ができた。


「するに決まってる。俺はお前が大事で、大事で、仕方がないんだ。なくしたくなかった。さっきも言ったかと思うけど、俺はお前のいない世界で生きたくない。つまらない」

「…………そんなに俺が大事かい」

「当たり前だ。当たり前だ。ばかやろう。ばかたれ。ばか。ばかばかやろう。もう、誰かを喪うのは耐えられないんだ」


 涙があふれ出してきた。


「ずっと、お前のそばにだけいたいんだ」

「…………そうかい。じゃ、俺の気持ちも汲んで貰いたいな。俺だってお前が死んだら悲しいさ。無茶な事はするな。もし次そういう事をしたくなったら、俺も一緒だ」


 でもお前片腕ないじゃん!


 ……。


 しばらく返答に迷ってから、「わかった」と返した。


 一月十七日。日曜日。


 警察が来て色々聞かれたし、色々教えてもらった。


 あの日、葉彦を俺から奪おうとした連中は〈賛救会さんきゅうかい〉という昔からあるあやしいカルトの集団だったらしい。


 冬の花嫁だとかいうのは関係なく、おそらく最初から篠見五郎という男を消そうとして行われた事なのだろう。


 あの家に隠れていた男はただのきっかけの為の要員だったのだろうか。今となってはどうでもいい。


 だって葉彦生きてたんだもん。


 一月十八日。月曜日。


 俺の傷が治ってくると、俺は葉彦に腕に埋まった風車の事を話した。


「それがお前の身体の補助をして、全力を出しても身体が壊れないようになったのか? なんていうんだ? 理屈がさっぱり」

「俺にもわからない。ただ、思うように身体が動くのは頼もしかった」

「そりゃあ……」


 葉彦は笑んだ。


「俺の心が高まると腕の中から風車が出てきてキュルキュル回るんだ。今回の事でそれが分かった」

「不思議な事もあるもんなんだな」

「ああ。とても不思議な事だ」


 退院は近い。


「俺はお前ほど堪え性でなければ、優しい心を持っている訳でもない。ただ、お前の涙は見たくない」


 これは、俺の言い訳に過ぎなかった。


 きっとこれからも、お前に何かがあれば、俺は鬼になる。


「わかってくれ」

「ああ。わかったよ」

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風車人間 蟹谷梅次 @xxx_neo

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