第4話 六角形の青年

 心の中にあるのは恐怖だった。


 友人だった。ずっと友人でいてくれる人だった。


 しんでほしくない。親友なんだからあたりまえだ。


 俺とお前はずっと親友のはずだ。死ぬまでそうだ。


 そして死ぬ時はいつも笑顔なんだ。俺ばかりこんな青白い顔をしているわけにはいかないはずなんだ


 そうだろう、葉彦。愛しの友よ。


 生きててくれるだろう。


 頼むよ、本当に頼む。神様、仏様。誰でもいい。頼む。


 わかっているだろ、上か下か知らないけれど……見えているだろ。俺は家族がいないんだ。葉彦が心の支えなんだ。奪わないでくれ。頼むから、俺から生きる意味をなくさないでくれ。


「あいつらやべーよ、銃使ってきた」


 南銀次郎が言う。見れば、暴走族の連中も怪我をしているらしく包帯を巻いて俺の方を見ている。葉彦の母が困ったような顔をしている。


「…………そうだな。現実的に考えよう。お前たちは喧嘩に強いけれど銃には勝てない。あいつらは銃を使って人を襲う。頭のまともな人間が十数人。頭のいかれた人間がざっと」

「三十人」

「なら、死んでも構わない俺一人、出ればいい」


 葉彦さえ死ななければいい。葉彦さえ守れればいい。この際、現実的に考えるとそういう結論に至った。


 葉彦は優しい。明るくて力強い。俺より背も高いし、顔もいい。丸い瞳をしていて、光が当たると髪の毛なんか少し緑がかって見える。それが名前の由来でもある。葉彦。死んでほしくない。


 死んではならない。この男は幸せにならなくてはならない。

 俺が死んで彼の幸せが守れるのならば俺は喜んで死にに行く。


 俺が生きて彼を幸せにできるわけがないというのは確定の事実。


 生きるべき命がそこに一つ。死んで良いのは俺一人。握る拳は二つだけ。……ただそれだけの話。


 梟にだってなってやる。

 俺は篠見五郎。鉄面ゴロスケだ。


 一月十四日。木曜日。


 俺は病院を出た。


 駐車場に出ると、喪服の男たちが此方に拳銃を向けている。俺の右手の風車はギャルギャルと火花を散らしながら回転を速めていた。


 パン、と乾いた音がした。


 身をぐんとねじり弾丸をすれすれで回避する。皮膚のいくつかがビリビリと裂けて血が流れ出すが、それを無視して、男たちとの距離を詰めていく。いよいよ頭がつかめる距離に入ると、俺は五人のうちの二人を、掴み叩き合わせた後に地面に叩きつける。


 俺の靴に血が到達する十五秒の間に三つの銃口が此方に向く。三重になって聴こえる発砲音。


 その頃には俺は屈み、男ふたりの足首を掴んでいた。


 反らせるような軌道で思いきって持ち上げると、男たちは後頭部を地面に強打させた。残り一人が拳銃をこちらに向ける。


 地面に落ちていた拳銃を拾い頭を思い切り殴り抜く。


「五コ」


 歩き出した。身体が思うように動く。


 いつもこのくらい動くと身体がびきびきと痛みを放つのだけれども……もしや、この風車が俺の身体を制御してくれているのか。


 街を歩いていると、喪服を着た女が木刀を持って襲いかかってくるので、俺はその木刀を奪い取り、右側頭部を殴り、頭を掴み直ぐ側にあった木の幹に叩きつけた。


「六コ」


 傾向が分かるようになってきた。一点に進むにつれて喪服が多くなっていく。七コ、八コ、九コ、と喪服を壊していくとある山を固めるようにして、喪服が陣形を組むようになった。


 俺は一度帰宅した。


 一月十五日。金曜日。


 成人の日だ。成人式に向かう男女の群れを掻き分けつつ、その中で拳銃を向けてくる喪服の弾を腹に受けた。


 良ければ新成人に当たるかもしれない。


 葉彦はそれを良しとしない。


「やったあ。やったあ。これで死ぬ、これで死ぬ。風車人間死んでくれる。我々の安泰は守られるねっ」

「ふざけるのは止せ」


 腹から血が出るのを無視して、喪服の脇腹に蹴りを放った。も服は物凄い勢いで飛んでいき、壁に当たった。


「十コ」


 腹の中の弾丸を捻り出して、縫い塞ぐ。


 俺がもし死ぬとしたらこの傷だろう。


 そうしていると背後から襲撃があった。背中にナイフを突き刺され、二度ほど抜き差しされた後、俺はそのナイフを奪い腹に刺しながら壁に投げ叩き付けた。


「十一コ」


 そんな事をして、山の中に入ると、建物があった。六角形の木造建築だ。扉の前に屈強な門番がいたので奪ってきた拳銃で黙らせた。


「十三コ」


 建物は三階建てで、三階には青年がいた。


 そして、卓袱台を挟んで、その青年の向かい側に座る。


「かつてこの地にはある男がいました。わかりますか? 篠見しのみ与一よいち……つまり、貴方の父親です。しかし、彼は死んでしまった。我々が壊しました。わかりますか? 貴方はあの男の息子で、かなしいかな、あの男によく似ているから、好きな女……あるいは好きな男のために命を使おうとしてしまう」

「……………………」

「貴方はきっとこう考えたはずだ。『勘違い』だと。それはまぁ、そうですね。ですが、過程が違う。貴方はきっとあのクソブタの思考一つで谷屋葉彦の片腕が喪失したとお思いだ。『体格の細い自分に彼処まで暴力ができるはずが無いから消去法で谷屋葉彦がターゲットになったのだ』と」

「…………」

「しかし、違う。『貴女の恋人をやったのはあの大きな少年だ』と私たちが教えたのです。なぜだかわかりますか? 谷屋葉彦というのは、貴方にとって生きる意味だからです。貴方は彼を喪わない為に自分を喪おうとする。谷屋葉彦を愛している。谷屋葉彦が生きてさえいれば自分はどうなろうと構わないと思っている。だからさ。我々はね、貴方から生きる意味を、谷屋葉彦を奪おうというのです」

「……」

「此処までで質問は?」


 俺は手を挙げる。


「ひとついいか」

「はい、どうぞ」

「なぜ、貴様如きが『谷屋葉彦』と呼び捨てをする」


 俺は筋肉を全力で張らせて、無を殴った。すると、空気が押し出されて、窓ガラスが割れ、その破片が青年の首に突き刺さった。


「脳の足りない奴とは会話をしない主義だ」

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