第3話 襲撃
一月十日。日曜日。
朝起きて朝食の準備をしていると、電話がかかってきた。
出ると谷屋葉彦の母からで、葉彦が病院にいると言う。
昨日、あの夜俺の家に来た帰りに何者かに襲われて、右の腕を潰されたのだと言う。
二度ほど転んで鼻血がコートにかかるのも構わないで、病院に駆けると、谷屋葉彦の右腕が、確かになかった。
轢かれたのだという。
その時脳みそがゴウンという音を立てて回転を始めた。
暫くしたら脳みそが千切れてしまうんではないかと、自分でもそう思うほどの憤怒なのだろう感情で頭が一杯になった。
犯人はすぐにわかった。
いつだったか町中の家で薄味の顔をした男をボコボコにした事があったが、犯人はそれの恋人だと言う。
どうやら父親に「ガキ一人ころす」という事を言っていた。
男の恋人──面倒なのでクソブタと呼称するが、そのクソブタは逃亡中なのだと言う。
俺は右腕に風車が現れているのを認識しながらも、無視を決めて、街中を走った。すると、クソブタと思われる女が息を切らせながら歩いているのが見えた。
俺はツララを一つ折ると、クソブタの顔面に投げた。右眼球が潰れる。
「ぎゃああ、ああ、いたぁい、いっ、いっちっ、ちぃ、血っ、血ぃ、痛い、痛いナニコレ痛い痛い痛い痛い痛い」
「痛いのはわかるよ。怪我をすれば痛いのは当たり前だ。おい、なぁ、そうだろクソブタ。わかるか、俺の友達を傷つけやがって挙げ句逃げて」
「私とタァ君はねぇ、結婚するはずだったの、逮捕されたからできないの!! 冬の結婚じゃなきゃ意味がないの、意味! ガキにはわかんないでしょうけど、冬の花嫁にならないと意味ないの!! ねぇ! あああ、痛い痛い、あああ!! 何やってんだクソガキ!!」
「それはこっちのセリフだ。貴様、人を轢いたんだぞ」
背中がブルッと震える。
「人を轢いたんだ。人は車で轢かれたら、タイヤで潰されたら死ぬんだ。今回は当たりどころが良くて、不幸中の幸いで腕一本ですんだが」
「生きてんの〜! 病院に火ぃつけるわ〜!」
「貴様! 人を轢いたんだぞ!! 人を一人轢いたんだぞ!!」
自分でも驚くような大声が出た。
どうやら我慢出来ないらしい。片目を潰した女とガキの喧嘩だから直ぐに警察が来た。
クソブタは顔を青くさせて逃げようとする。
逃さないために、俺はその脚を強く蹴った。
すると、辺り一面に「ツパッ」というチンケな音が大音量で響き渡り、クソブタの脚は脛の所でくの字に折れ曲がった。
「此処で殺してやる」
「うわあああああああああ!! 何してんだテメェエエエエ!!」
「貴様を殺すって言ってるんだよ!!」
拳を握り固めて殴りかかるとすぐに警官に取り押さえられて、俺は警察署に行った。
「親友がやられて気がおかしくなっていた。警官諸君、迷惑をすまない。次からはこのような事はないように気をつける」
「アレの目をつぶしたのも君なのか?」
「疲れていた自分の脚では届かない距離にいたので、近くにあったツララを投げて突き刺した」
「足のあの骨折は……」
「蹴って折った」
俺が何もないところに蹴りを放つと、「スパンッ」という音とともに唐突に押し出された空気が窓を張り割った。
「言ったそばから迷惑をかけてすまない」
今日は家に帰れ、ということで刑事の黒い車で家まで送ってもらえた。
一月十一日。月曜日。今日は気分が高まって何もできそうにないと言い訳をして学校を休んで、一日中病院で葉彦のそばにいた。放課後になると友人たちが来てくれた。
どんな敵が来ても良いように、つねに筋肉を張らせていた。
右腕の風車はキュルキュルと小さく音を立てて回っていた。
一月十二日。火曜日。起きなくなってから三日目。それでも俺はずっと葉彦のそばについていた。葉彦の母は「学校に行くんだよ」と言った。
「葉彦のいない所に行っても楽しくない」
「…………そっか……」
放課後になると友人たちが来て、葉彦に声をかけてくれた。
一月十三日。水曜日。起きなくなってから四日後。放課後になると、友人たちがやって来て、葉彦に声をかけてくれたし、俺が寝てないのを心配してくれた。
「俺たちがいるから寝ていいぜ」
「寝ないとお前まで倒れんぜ」
「…………。なら、頼んでいいか。銀次郎。お前、喧嘩得意だったろう。橋本紬生。お前、兄が暴走族だったろう。そういう話を、葉彦から聞いたことがあるんだ」
「それがどうしたんだ?」
「おばさんを守ってくれないか」
窓の外を見る。
表情のない男が六人ほど、喪服でこの病室を眺めていた。
「たぶん、組織的だから。俺は、本当にすまない。お前たちより、葉彦の方が特別だから、葉彦のそばにいたい。俺の優先順位は葉彦が一番上で、その下がお前たちなんだ。本当に失礼な頼み方だと思う。だから、警察に言ってくれ。たぶん、次はおばさんが狙われる」
たぶんボコボコにしてはならない奴だったんだ。宗教的だ。
駄目だ。そういう手を出してはいけない集団だったんだ。
おそらく俺は今とても恐れているのだと思う。葉彦を喪ってしまった後の自分を想像できないからだ。
喪うのが怖いんだ。親友だから。
「しょうがないなぁ、ようし、俺達がどうにかしてしんぜよう」
「ありがとう、ほんとうにありがとう」
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