第2話 谷屋葉彦

 一月六日。水曜日。


 医者が驚愕していた。

 どうやら傷が完全にとは言わないが塞がっていたらしい。


 俺の胸には刺し傷のあとができてしまった。


 退院して、午後から登校すると体育館に呼ばれて、表彰というのを受けることになったけれど、授業を受けたかったので出席を断り、図書館で勉強をした。


「お前は他人の意思を汲み取れる人間になれればなぁ。手放しで英雄児だぜ。でも、お前が人の気持ち考えたらお前じゃねぇかぁ」

「そうらしい」

「返事もテキトーだこりゃ」


 表彰式が終わると俺の事を知ったような顔をしている女子が二人ほどやって来て、名前は憶えていないが、彼女らは「とうとう陽の目を浴びる日が来た」と言った。


 俺は本当にこの二人がどういう存在だったのか憶えていないので、「誰だお前たちは」と訊ねる。


 すると、二人は随分ショックを受けた顔をしていた。


 谷屋葉彦が「一年の頃からずっと一緒にいるだろ」と言う。


 憶えていない。


「記憶に無いのだから仕方ない。自己紹介し合っていなかった事にして、改めて知り合うのでは駄目なのか。俺は篠見五郎。お前たちは何様だ」

「いわく、翻訳すると、『憶えてなくてごめんなさい。今度こそ憶えるので教えてください』ってさ」


 二人の名は橋本はしもと紬生つむぎ鈴木すずき友里恵ゆりえというらしい。


 橋本紬生と鈴木友里恵、という名前を何度もしつこく復唱させられた。谷屋葉彦の時も同じ事をした記憶がある。懐かしい。


 帰宅する時、喫茶店でおしゃべりをした。


 一月七日。木曜日。


 朝飯を食おうかと思ったが、食材を買い忘れていたので、飯を食わずに家を出た。郵便受けを見ると、手紙が入っていた。


 いつかお礼がしたいので、お伺いしてもいい時間帯を教えていただきたいです──というものだった。電話番号が記されていた。


 俺はその手紙が邪魔だったので郵便受けに戻して登校した。


 今日は普通に授業を受けることができた。


 クラスメイトにいくつかの質問をされたが、うるさかったので無視をしていると、谷屋葉彦が来て助けてくれた。頼もしい。


「じっと顔ばかり見られても困るんだが」

「お前の事を頼もしい奴だと考えていた。いけないか」

「口に出してくれてりゃな」

「気をつける」


 放課後、谷屋葉彦や橋本紬生と鈴木友里恵といっしょになって喫茶店でおしゃべりをする為に街に出ると引っ越しの準備をしていた。


「まぁ、あの家に住み続けたいとは思えねぇよなぁ」

「おい。そんな家を見てどうなる。早く行くぞ」

「張本人がいの一番に冷めてんだもん。世間も広いなぁ」


 喫茶店でしばらくおしゃべりをしてから、帰る。


 家に帰ってからはラジオを聞きながらぼーっとしたり飯を食ったりして過ごした。


 今日の夕飯は豚の肉と野菜をカレー粉で炒めたものと白米、あとは馬鈴薯の入った味噌汁。うまかった。


 一月八日。金曜日。


 今日は明日が土曜日なので、放課後の喫茶店では谷屋葉彦たちが明日の予定を話し合っているのを、その輪の中心で聞いていた。


 たまに「もし仮に此処に五郎がいたとする」という事を言っているのを聞いているので、おそらく俺がメンバーの中にいるのは決定されたことなのだと思う。


 俺はといえば隣に座っていたわんぱくボウヤことみなみ銀次郎ぎんじろうの世話をしながらこの喫茶店──つまり、〈喫茶ボンジュール〉の名物であるライスカレーを食っていた。


「銀はどうする? 街でなんかやりたいこととかあるか?」

「俺はゴロスケの飯食いてぇ」

「いつか暇な時にでも作ってやるので、彼らの会話に入れ」

「オメェもだよ」


 どういうわけか明日は昼のうちから街で大はしゃぎしてから俺の家でダラダラするということになった。


「俺はあまり体力のある方ではないから飯を作ってやるから家でお前らを待つことにする。食材を持ってこい」

「シェフ篠見だ。シェフ篠見が正体を現すぞ」


 帰宅。


 今日はライスカレーで腹がいっぱいなので、夕飯は食わないことにして、風呂に入って寝た。


 一月九日。土曜日。


 起きると八時頃だった。


 ラジオを聞きながら着替えて、米を炊いて朝飯の塩にぎりを作り、昆布茶と一緒にあわせて食った。


 塩加減絶妙にすることができてよかったと思う。


 それから、普段はつけていないテレビの埃を払ったり、普段は触っていないゲーム機を出してみたり、家の近くにある菓子屋で饅頭だったりを買ってみたりしていると、友人たちが来た。


「こんにちは。街は楽しかったか」

「お前が好きそうな奴買ってきたぞ」


 茶だったりあられだったり。


 ほう。ふむふむ。これはこれは。


「すげー喜んでる」


 その日、俺は彼らに最大限のもてなしをした。


 夜も遅くなるなという頃、ラジオを聞きながら縁側で雪を見ながら茶を啜っていると、防寒着でひときわモコモコになった谷屋葉彦がやって来た。


「何か忘れ物か」

「お前に会いに来た。帰ってから二時間くらい考えていたんだけどさ、やっぱりこの家一人で住むには広いよ」

「親も、兄も死んだのだから、仕方あるまい」

「お前さ五郎さ、本当は泣きたいんじゃねぇの」

「……そうだな、まずは茶を飲むか。湯も沸かせたばかりだからあたたかいぞ」


 谷屋葉彦は幼馴染である。

 五歳の頃から──つまり、十年ほどずっと一緒にいる。


「谷屋葉彦」

「なんだよ」

「今日はお前たちが来てくれたのでこの家も随分と賑やかになった」

「そうかよ」

「お前が引き合わせてくれた友人たちは、誰も彼も良い奴だ。だから、俺を輪に入れてくれたのだろう。とても感謝している」

「そうかよ」

「きっと、孤独だったら耐えられなかったのだろうと思う。谷屋葉彦、お前がいてくれたおかげだ」

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