第3話 中学生編
この都大会以降、俺は常にリレーでは補欠の位置になった。
副部長に任命されたが、実力が伴っていない。
「副部長なのに補欠って…」
と、周囲からはボソボソと聞こえていた。
そんな小声が、耳にこびりついて離れない。
バトンのやりとりの下手さ、それに加えて周囲の選手たちの成長が著しかった。
中学2年生だ、当然、身長も伸びて、体つきがしっかりしてくるのは当たり前だろう。
個人種目で決勝に行くことが決まった選手がいる時だけ、個人種目に集中すべく、リレーでは俺が選ばれた。
身長が伸びない俺にとって、周囲と体つきの差は大きく異なった。
すると当然、100mのタイムは縮まらなかった。
13秒37より良いタイムが出せなかった。
走り方を教えてくれた、体格の近い先輩たちも、もう引退してしまったし、俺のフォームに対して誰かがアドバイスしてくれることはなかった。
それなのにデカい態度をとり続けていた俺は、自分のやっていることがひたすら正しいと思い込み、闇雲に走った。
走った。
周りが見えていなかった。
顧問とも練習のやり方や顧問の態度に苛立ち、何度も衝突した。
しかし、俺をリレーメンバーから外すことはしなかった。
中学2年なんて、一番多感な時期だ。
タイム的にも順当に選ばれて当然だった。
そうして調子に乗っていた俺は、やがていじめの対象になった。
タイムも出ない。体は小さい。くせに口と態度だけはデカい――。
最悪の副部長。きっとそう見えていたのだろう。
スパイクを隠される。俺よりも背の高い人ではなくては届かないような所に隠されていた。先輩に譲ってもらった、大切な大切なスパイク。
定位置の下駄箱に入れていたはずなのに、そこにはなかった。焦った。先輩から譲り受けた本当に大切なスパイク。
「俺のスパイク、知らねえ?」
「え、わっかんない。ボロかったし誰かに捨てられたんじゃね?」
背中が軋んだ。
先輩の努力の跡が見えるほど年季の入った、熱い熱い思いが込められたスパイクが、隠されていた。
練習に参加して欲しくないのか、それとも俺があたふたする姿を見て悦に浸りたいのか、わからなかった。
ただ、ひたすらに悲しかった。
見つかるまでスパイクでの練習はできなかった。見つけるまで相当の時間を要した。
スパイクなしでも走れるぞ、と自分に言い聞かせ、ひたすら走った。
そして、さらに追い討ちとして俺の知らないところで練習会が開かれていたことを知った。
孤立は明白だった。
必死に居場所を探し、仲良くしてくれる友人にしがみついたが、部活の中で態度を改められず、結局また衝突する。
ついに手を出してしまい、優しかった父親に初めて「馬鹿野郎!」と怒鳴られた。
胸の奥がじんじん痛んだ。
だが、いじめを「やりすぎだ」と思ってくれた部員がいた。
その一言に救われ、少しずつ態度を改めることができた。
極力控えめに。けれど練習中は誰よりも大きな声を出した。
「ここにいるぞ」と証明するように。
やがて練習中の姿勢が認められ、副部長としての責任感も芽生えていった。
ある雨の日。岡本、平岡、走司、富野がリレー練習をしている輪の中に、俺も入れてもらえた。
「長谷部はさ、上半身に筋肉あるのに腕の振りが小さいんだよ」
走司がそう指摘してくれた瞬間、胸の奥が熱くなった。
「腕を大きく振るって、どうすればいい?」
「肩の筋肉が硬いんだ。ストレッチ増やすといい」
「ストレッチか、どうあうのがいいの?」
建設的な会話。久々に心が軽くなった。
腕を大きく振って走ってみる。
──進む。加速がスムーズになる。
廊下を駆け、階段を刻み、二階の直線を走り抜ける。
繰り返すうちに、確かに手応えがあった。
けれど、才能の差は歴然だった。
俺が掴んだ小さなコツの先を、平岡も走司も、もっと速い速度で走り抜けていく。
俺がひたすらに練習してきた数ヶ月を、何ヶ月も前に彼らは自分で習得して、身につけていたのだ。
俺の前を走る三人の背中は、レースで体感した、都大会の予選で感じた、前を征く背中だった。
疎外感は消えなかった。
平岡を中心に、ほぼ全員が同じミサンガをつけていた。俺だけが外されていた。
苦しかった。理由も分からなかった。
ビッグマウスだから? それだけじゃないはずなのに。
それでも大会は待ってくれない。
秋、シーズン終盤。100mで自己ベストを出した。
13秒18。あと1秒縮めば都大会が見える。希望が灯った。
そして──走司が怪我をした。
彼は個人種目を優先し、リレーを辞退した。
「俺800の方に賭けるからさ、リレー任せるわ」
巡ってきたチャンス。任されたのはアンカー。
メンバー三人で流れを作り、最後を俺に託す戦略。
補欠としてどの走順でも走れるように練習してきた。だがアンカーは違う。
勝敗を背負う最後の走者だ。
心が、震えた。
シーズンの最後に、大事な大会で、アンカーを任された。
俺のことを疎外感に陥れたメンバーに、アンカーを託されたのだ。
背筋がぞくぞくとした。心臓は跳ねた。
筋肉が歓喜していた。まだ俺のシーズンは終わらないかもしれない。そんな期待が全身を熱くさせた。
「行ける、見返してやる」
自己ベストを出したばかりの自信が背中を押した。
48秒。ひとり12秒。
決勝に進むには、俺がその最後の12秒を切るしかない。
あとは──結果を残すだけだ。
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