ロク

 三つ歳上の兄の遊びにいつもついて回ったわたしは、当然というしたり顔で少年サッカーの練習にも混ざるようになった。それが幼稚園年長のとき。

 小学二年生以下の年少クラスと六年生までの年長クラスがあり、わたしは年少クラスでも最年少。同じ学年の生徒はわたしの他に身体の小さな男の子が一人だけだったために、年少クラスではとりわけ仲が良かった。練習の前に毎回していた鬼ごっこでは足の遅いその子ばかりが狙われて、わたしがおとりになって助けたことも幾度かあったという記憶。思い返せば余計なお世話だった気がしないでもない。

 その彼について、今ではもう名前すら覚えていない。しかし誕生日は覚えていて、おそらくあの子が早生まれで背が低かったという印象が助けている。純粋な記憶ではなく、後年身につけた賢さがバックアップしているという具合だ。数少ない覚えていることは、今では跡形もない生の感覚に記号を継ぎ足して補強したものにすぎない。

 そうして強固になった記憶の一つが、グレープ味のサイダー。

 確かあの日は兄が夏風邪でダウンしており、小学生になったばかりの高揚感も手伝い親を振り切って一人で練習にきた。

 練習が終わってからも日が高かったために揚々と家路を辿ろうとしたところ、引き止めたのは小さいあの子。両親が忙しいとかだった彼は、小学生になったくらいの時期から一人で来るようになった。


「危ないから途中まで一緒に帰ろう?」

「そうしよう」


 みたいな会話があった、のかもしれない。確証は一切として無く、あくまで想像の範疇。名前さえ忘れてしまった人間との会話であるのだ。彼が黙って着いてきただけという可能性だってある。

 過程はともかく、一緒に帰った。

 近所とはいえ、外を自分と同じ年齢の子供だけで歩くようなことは冒険を思わせた。少し大人に近付いたと高揚したはずだ。手元は『水筒のお茶が足りなくなったら使いなさい』と過保護に握らされた百円玉と共に汗ばんでいる。

 自由かつ、財力さえある。状況がわたしを大きくさせた。思い返せば全て微笑ましいものだけど。


「ジュース買っちゃおうか」


 自販機の前で立ち止まってみたところ、初めは反対されたように覚えている。彼の母親は厳格な人だったため、買い食いや人に奢られることを禁止していたのだと思う。わたしもそれを知らないではなく。

 あえて、彼が母親に炭酸ジュースを禁止されているという話をしたのを覚えていて、サイダーを買った。いつもは兄を真似てメロン味を積極的に飲んでいたが、背伸びのつもりでグレープ味。色々と、冒険気分だったのだろう。

 サイダーを一口含んだ彼のしかめ面を未だ鮮明に思い出せ、はしない。かなり険しい顔をしたのだと、強く記憶していたという印象だけでなんとか保っている。

 むしろ、痛烈に記憶しているのは極めて個人的なこと。

 メロン味よりもグレープ味の方が好みだと気がついた、その方がよほど感覚として覚えている。

 兄は歳上なだけわたしよりも正しかったし、兄の好物はわたしの好物でもあった。真似っ子で大人しくすれば大人も良い顔をしたし、兄も喜んでくれた。思えば、絶対的な存在にもたれかかっていれば楽に誇らしさを得られる状況のせいで、幼くして思考停止気味だったのだろう。

 それを是正したのが、きっとグレープサイダーだった。輪郭のおぼろげな友人とは何ら関係のない範囲で、わたしの人格の土台は出来上がったのだろう。

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