第四話『江戸(東京)へ』

 翌朝、出先から帰ってきたせつが、たけとゆきの居る部屋に入ってきた。

 手に黄八丈の着物を持ってきていて、ゆきに着替えるようにと手渡した。

 せつは帯も用意してくれたが、ゆきが元から巻いていた柿色の帯は母みつの形見であったため、帯はそのままにした。


「ほおー、似合うじゃないかい。おゆき、あんた立派な町娘に見えるよ。

 さて、あとは髪を結い直して…」


「あ、お、おら、もう江戸へ旅立だねっかなんねのだがたなければならないのですか?」


「ああ、善は急げって言うだろ?それに…」


 せつはゆきの背後に居たたけに少し目配せをした。


「これ以上、此処ここにはあんたを居させられないのさ、店主に散々念押しされてね…

 アタイはそんなもん全然気にならないけどさ、竹鶴がね…いびられる理由になっちゃいけないしさ…」


「あっ…げんともだけどおらはやっぱし、おたけちゃんと一緒に居でえよ。

 此処で働ぐわげにはいがねえが?」


「おゆきちゃん、昨晩、藤松ねえさんも言ってただべ、こだこんな店なんかじゃ、おゆきちゃんは勿体無もったいねえって。

 江戸さ行ぎなよ。離れででも、ずっと友達だよ。」


「…竹鶴の言う通りさ、死に別れる訳じゃないんだからさ、あんたはその抜群な器量で江戸で勝負してきな。

 …もし、駄目だったら、そん時に此処に戻っておいでよ。」



「…おせつさん、こらほどのお金…」


 一通りの説得のあと、せつはゆきに巾着袋を渡した。


「ああ、吉原に居た頃からちょくちょく貯めていたもんさ、足を洗ってからの事を考えてね。小料理屋でもしようかと思ってさ。」


そだそんな大切なお金…」


「あんたが花魁おいらんになったら、そんなくらい直ぐに稼げるさ。

 そんときゃ、それに多少の色を付けて返してくんな。あと、これも…」


と、せつは貨幣の入った巾着袋の他に紙包みを二つ、ゆきに渡した。


「手紙だが?」


「そう、一つはアタイが昔居た吉原の大見世、扇松屋宛に書いたあんたの紹介文と、江戸に入ってからの吉原までの地図さ。

 あと一つには、この八戸から江戸までの道のりと、途中、泊まると良い宿場について書いてあるからね。」


「そらほどまで親切にしてくれるなんて…」


「ふっ、関わったからにゃ、とことん付き合うのが江戸女の心意気ってもんさ。

 宿代や飯代の相場も書いてあるからね。ボラれるんじゃないよ。」


「おせつさん、あんがとさま。このお金は必ずお返しします。」


「ああ、期待して待ってるよ。

 ほれ、竹鶴、あんたも何か言いなよ。」


「…おゆきちゃん、おら藤松姐さんに字、教わるから、お手紙くんちぇね頂戴ね。」


「うん、うん!必ず送るよ、何通も、何通でも!」


 ゆきとせつはお互い涙を流しながら暫く抱き合った。


「…とごろでおゆきちゃん…」


「なあに?おたけちゃん。」


「途中で会津に寄んのが?」


「…なじょすっぺどうしよう…考えでいねがった…」


「そが、もう何もねえものね…」


「うん……」


「げんとも、もし寄るごどがあったら飯盛山の……おらが仕えていだ西川様の若さまのお墓に参ってくんねえが?おらの代わりに。」


「西川の若さま…勝太郎しょうたろうさま…白虎隊であられだ…」


「妙国寺に御埋葬されでいた時は、大っぴらには出来でぎねえってこどでお参りに行げねがったんだ。

 そして、おらが会津を出た後、白虎隊の皆様が御自刃なされだ飯盛山にお墓が出来でぎたって聞いで…」


「そだな。うん判っだ、会津に寄ってくる。

 そして西川勝太郎様のお墓に、おたけちゃんの代わりにお参りしてくるよ。」


「アタイが渡した地図にゃあ、八戸から江戸へ奥州街道を真っ直ぐ上る道筋しか書いちゃいないよ…

 会津若松…となると、二本松から二本松街道…会津若松からは、日光街道…

 ちょっと出発は待ちな、おゆき。もう一通、地図を書いてやるよ」


 せつはブツブツ言いながら部屋を出ていった。


「待たせたね、おゆき。ほら、新しい地図書いてやったよ、持っていきな。」


 せつは、先に渡した巾着袋と二通の書物を一緒に包むようにと、新しく書いた書物に、藤色の風呂敷を添えてゆきに渡した。


「もぐもぐ…おせつさん…もぐもぐ…あんがとさま…んぐっ。」


「慌てなくていいから、ゆっくりお食べ。

 その、てんぽせんべえ、気に入ったかい?」


「んぐっ、はい、これうんとんまぇ凄く美味しい

 でも、柔らげえ煎餅って変わってるね?あど、味も変わってる。」


「ああ、てんぽせんべえは米じゃなく麦から出来てるからねえ。

 昨晩の客からたんまりと頂戴したから包んで持たせてやるよ。道中のおやつにしな。」


 全ての旅支度を終え、ゆきは多志南美たしなみ屋の軒先で藤松のせつと、竹鶴のたけに別れを告げようとしていた。


「では、おたけちゃん、おせつさん、お世話になった。」


「おゆきちゃん、必ずお手紙さくんちぇね。」


「うん、おたけちゃん、必ずおぐるよ。」


「おゆき、道中達者でな。」


「はい、おせつさん、何から何までお世話になった。」


「必ず花魁になるんだよ。」


「なれるかどうがわがらねえが、頑張ります。」


「ん、頑張れ。

 あ、アタイが書いた扇松屋への紹介状には、あんたの歳を一つ、サバを読んでるからね。

 だから、ちゃんと話を合わせるんだよ。」


「それは、なして?」


「花魁になるならさ、出だしの歳は少しでも若い方がいいからね。

 でも、二つサバを読むのは無理があるかと思って一つだけにしておいたよ。」


「はあ…わがりました…」


「じゃあ、おゆきちゃん、元気でね。」


「おたけちゃんも。」


 ゆきとたけは、暫く抱き合った後に離れ、ゆきは背を向けて歩きだした。

 途中、何度も振り返っては手を振り、それを見て、たけとせつも何度も手を振り返してくれた。


               第四話 (終)

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