第11話:ラストスパートの輝き

インターハイ予選二回戦当日。


会場は、前回よりもはるかに大きな、県立総合体育館だった。外には、私たちのファンだけでなく、バスケファンやスポーツメディア、そして噂を聞きつけた多くの人々が詰めかけていた。体育館の重い扉を開けると、空気が一変する。観客席を埋め尽くす人々のざわめきと、熱気に満ちた、独特の匂い。それは、もはや学校の体育館の匂いとは違っていた。プロの試合会場のような、張り詰めた、しかし、どこか高揚感のある匂い。


「すごいね…」


佐藤リナが、震える声で呟いた。彼女の瞳には、不安と、そして感動が入り混じっていた。


私たちの対戦相手は、天馬高校。去年、インターハイでベスト8に入った強豪校だ。彼らは、青葉高校のような圧倒的なパワーはない。だが、その動きは、まるでチェスの駒のように、正確で、無駄がない。彼らのバスケは、まるで完璧にプログラムされた、芸術作品のようだった。


「行くぞ!」


内海ミナが、力強く叫んだ。その言葉に、私たちは、互いの顔を見合わせ、頷き合った。


「私たちは、アイドルです。そして、バスケプレイヤーです!」


私たちの声が、体育館に響き渡る。その声は、私たちの心を一つにし、不安を打ち消し、勝利への、ただ純粋な意志へと変わっていく。


試合開始のホイッスルが鳴り響く。


---


試合は、ジャンプボールから始まった。


私たちの最初の攻撃。内海がドリブルを始める。彼女の軽やかなフットワークは、まるでライブの振り付けのように滑らかだが、相手の正確なディフェンスによって、完全に封じられた。天馬高校の選手たちは、まるでナイトが騎士の飛び越えを封じるように、パスコースを完璧に塞ぎ、私たちの動きを予測していた。


「無駄だ」


天馬高校のキャプテン、海老原が、静かに呟いた。彼の目は、コート全体を見渡し、まるでチェス盤のすべての駒を把握しているかのようだった。彼は、私たちの動きを「ゲーム」として捉え、論理的に、そして冷酷に、攻略しようとしていた。


「君たちのバスケは、単なる感情の衝動だ。論理も、戦略もない。そんなものは、私の前では、ただの点に過ぎない」


海老原はそう言って、私たちのパスをスティールし、まるでビショップが斜めに盤面を横切るように、私たちのディフェンスをすり抜けていった。


私たちは、戸惑いを隠せないでいた。私たちの奇策は、相手の戦略の前には、何の役にも立たなかった。


SNSでも、私たちの苦戦が、リアルタイムで実況されていた。


「スパークル☆ビーツ、やっぱまぐれだったか…」

「天馬高校、動きが完璧すぎる。これじゃ、アイドルの出る幕はないな」

「#天馬の支配」「#バスケの教科書」


観客席の熱気も、徐々に冷めていく。私たちのファンが、心配そうに私たちを見つめている。


「(ごめん…みんな…)」


私は、心の中で、ファンに謝っていた。


---


試合は進み、私たちは天馬高校の完璧なバスケの前に、なすすべなく点差を広げられていく。


「くそ…!」


諸星が、悔しそうに歯を食いしばる。彼の瞳には、悔しさと、そして絶望が浮かんでいた。


その時、佐藤リナが、力強くリバウンドを奪った。だが、彼女の足が、相手選手と接触し、鈍い「ドンッ」という音と共に、コートに倒れ込む。


その瞬間、時間はスローモーションになったように感じた。


リナの顔が、苦痛に歪む。彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。観客席からは、「ああ…!」という、悲鳴にも似た声が漏れる。相手チームの選手も、一瞬、戸惑いを隠せないでいた。審判は、笛を吹くのを一瞬ためらい、駆け寄ろうとした。


「大丈夫…大丈夫だから…!」


佐藤は、そう言って、涙を浮かべながら、立ち上がろうとした。だが、その足は、震えていた。彼女の頭の中で、恐怖と歓喜が混ざり合っていた。


(また、あの時のように、奇跡が起こるかもしれない…でも、もう無理かもしれない…)


私は、絶望に打ちひしがれた。このままでは、私たちは、負けてしまう。私たちの夢は、ここで終わってしまう。


---


先生がタイムアウトを要求した。


ベンチに戻ると、内海は肩で息をし、諸星は冷たいペットボトルで額を冷やしていた。誰もが、疲労の色を隠せないでいた。


「…もう、無理だよ」


佐藤が、震える声で呟いた。その言葉に、誰もが頷いた。


「(ダメだ…このままじゃ…)」


その時、私の耳に、観客席からの声が聞こえてきた。それは、私たちのファンの声だった。


「ユイ!頑張れ!」

「ミナ!いけるぞ!」

「リナ!負けるな!」


それは、私たちのことを、アイドルとして応援する声だった。だが、その声には、バスケの試合で、私たちを応援する気持ちが、強く込められていた。


「…違う。私たちは、まだ終わってない」


内海が、静かに言った。


「私たちのバスケは、ただのダンスじゃない。ファンの皆を、笑顔にするためのものだ。だから、私たちは、諦めない」


内海の言葉に、私たちは、もう一度、互いの顔を見合わせた。


「…行くぞ」


諸星が、静かに言った。彼の瞳には、再び熱い炎が燃え始めているのが見えた。


私たちは、バスケの技術とアイドルとしてのパフォーマンスを融合させた、まったく新しいスタイルで、相手チームを圧倒していった。


---


再びコートに戻った私たちは、戦略を変えた。


私たちは、もはや、完璧なプレイをすることにこだわらない。代わりに、互いの心を感じ、互いの動きを信じることに集中した。


内海のパスは、まるで、私たちの心を繋ぐ、希望の光のようだ。諸星のシュートは、私たちの勝利への、ただ純粋な意志。佐藤のリバウンドは、私たちの諦めない心。そして、私のパスは、私たちの絆を、より強くしていく。


SNSでは、新しいハッシュタグがトレンドを駆け上がっていた。

「#idolbasket」「#奇跡のラストスパート」


そして、試合は、残り10秒。同点。ボールは、私の手にある。


体育館全体の空気が、一気に張り詰める。観客全員が、まるで呼吸を忘れたかのように、私たちを見つめていた。その「張り詰めた沈黙」は、まるで、私たちの心臓の鼓動だけを、耳元で響かせているようだった。


私は、コート全体を見渡した。脳裏に、ダンスのフォーメーションが浮かぶ。次は、どこに動けばいい?どこにパスを出せば、ゴールに繋がる?


私は、内海にパスを出そうとする。だが、内海は、すでに相手にマークされている。諸星も、私のすぐ隣にいる。私は、再びコートを見渡す。その視界の隅で、ふと、フリーになっている諸星の姿を捉えた。


「カズキ!」


私の声が、体育館に響く。諸星は、一瞬、驚いたような顔をする。だが、すぐにその表情は、いつものクールなそれに戻った。私は、諸星にパスを出した。


諸星は、ボールを受け取ると、リングに向かって走り出す。彼は、勝利というただ一つの目的のために、ただひたすら前へ進む。


そして、諸星が放った最後のシュート。


ボールは、リングに吸い込まれるように入り、ネットを揺らした。


ブザーが鳴り響き、試合は終わった。


結果は、私たちの勝利だった。


---


試合後、私たちは、勝利の喜びを分かち合うため、互いに抱き合った。汗と、少し土埃の匂いが混じり合う。その温かさが、私たちの心を震わせる。


スマホを開くと、SNSは私たちの話題で持ちきりだった。


「#伝説の始まり」


そのハッシュタグが、日本のトレンド1位に輝いていた。


私たちは、バスケを通じて、新しい物語の扉を開けたのだ。それは、アイドルとバスケプレイヤー、二つの夢を追いかける、私たちの伝説の始まりだった。

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