第8話:予選開幕!

インターハイ予選当日。会場となった総合体育館は、朝から異様な熱気に包まれていた。バスケットボールの強豪校が集まるこの場所は、普段なら静かな緊張感に満ちている。だが、今日は違った。


会場の入り口には、私たち「スパークル☆ビーツ」のファンが、ライブTシャツやグッズを身につけて、長蛇の列を作っていた。その光景に、私は思わず息をのんだ。彼らは、アイドルとしての私たちを応援するために、ここに駆けつけてくれたのだ。その中に、見慣れた顔を見つけた。私たちがコンビニでアイスを食べている姿を目撃した、あの生徒たちだ。彼らは、私たちがバスケを始めた時から、ずっと私たちを応援してくれていた。


「すごいな…」


佐藤リナが、震える声で呟いた。その瞳には、不安と、そして感動が入り混じっていた。


私たちは、ファンからの声援を胸に、会場の中へ入っていった。体育館の中は、熱気に満ちていた。バスケットシューズが床を擦る音、ボールが弾む音、そして、選手たちの掛け声。そのすべてが、私たちを奮い立たせる。


青葉高校のバスケ部員が、私たちの方を見て、嘲笑っていた。彼らの視線は、まるで私たちを、遊びに来た観光客のように見ているようだった。


「おいおい、アイドルがユニフォーム着てんじゃん。似合わねーな」


そんな言葉が、聞こえてくる。だが、私は動じなかった。私たちは、もう、ただのアイドルじゃない。私たちは、バスケプレイヤーだ。


試合開始まで、あと10分。私たちは、円陣を組んだ。


「行くぞ!」


内海ミナが、力強く叫んだ。その言葉に、私たちは、互いの顔を見合わせ、頷き合った。


「私たちは、アイドルです。そして、バスケプレイヤーです!」


私たちの声が、体育館に響き渡る。その声は、私たちの心を一つにし、不安を打ち消し、勝利への、ただ純粋な意志へと変わっていく。


---


「続いて、両チームの選手が入場します!」


実況アナウンスが響き渡ると、観客席の熱気が一層高まる。観客席は二つに分かれていた。一方は、青葉高校の応援団が陣取るブロック。青い旗が何本もはためき、太鼓の音が轟いている。対するもう一方は、私たちのファンが埋め尽くす「スパークル☆ビーツ」応援席だ。色とりどりのペンライトと、ライブグッズのタオルが揺れていた。


「青葉高校のスターティングメンバーです!ポイントガード、遠藤ハヤト!フォワード、田中コウキ!そして…」


青葉の選手の名前が一人ずつコールされるたびに、客席から地響きのような歓声が巻き起こる。そして、最後の選手の名前が呼ばれた瞬間、体育館の空気が一変した。


「そして!センター、背番号8、氷のシューターこと、一条シン!」


その瞬間、体育館全体がどよめきに包まれた。歓声というよりは、勝利を確信したような、地鳴りのようなざわめき。


(一条シン…本当に、いるんだ…)


私は思わず唾を飲み込んだ。そのオーラは、試合前から私たちを威圧しているようだった。


「対するは…白桜学院高校バスケ部!今、最も熱いアイドルグループ『スパークル☆ビーツ』の皆さんです!今回の白桜学院は、アイドル活動と両立するため、協会特例で“4人制バスケ”にエントリーしています!」


アナウンスと共に、私たちの名前が呼ばれると、ペンライトが激しく揺れ、アイドルライブさながらの「ユイ!」「ミナ!」「リナ!」といったコールが巻き起こった。


その直後、観客席のざわめきは、さざ波のように広がっていった。


「嘘だろ…4人?」

「バスケって5人だよな?」

「青葉相手に4人で挑むなんて、無茶すぎるだろ…」


SNSのタイムラインにも、同様のコメントが次々に並んでいく。


「#4人の奇跡」「#アイドルバスケ部すごすぎ」


その歓声は、まるで私たちの背中を力強く押してくれるようだった。


---


青葉高校の選手たちがウォームアップを始める。ドリブルの音が、まるで軍隊の行進のように、一定のリズムで響き渡る。全員の動きに無駄がなく、流れるようなパス回しと正確なシュート練習は、見る者を圧倒した。


一方、私たちは、日々のダンスレッスンで培ったリズム感をバスケの動きに取り入れたウォームアップを始めた。ドリブルにステップを加え、パスの受け渡しに華やかなターンを入れる。それは、バスケの常識からはかけ離れた動きだった。しかし、その動きを見た観客席からは、驚きと歓声が漏れ出す。


「おぉ…!」


「なに、あの動き!?」


「これは…ただのお祭り試合ではありませんね」


中継している地元テレビの実況アナウンサーが、興奮を隠せないで語る。


「ええ。白桜学院の動きには、バスケの基本とは異なる、独特のリズムがあります。しかし、それが非常に滑らかで…正直、驚きです」


解説者がそう答える。その視線の先に、私たちのペンライトが揺れているのが映り込んだ。


「これが…新しいバスケの形なのでしょうか?」


「#バスケがステージだ」「#アイドルVS青葉」「#奇跡の挑戦」


SNSのタイムラインは、すでにこの試合の話題で持ちきりだった。


「アイドル、意外とやるじゃん」


「いや、素人が強豪に勝てるわけないだろwww」


「でも、なんか見ちゃう…」


(負けたら、アイドル活動に傷がつく。みんなの期待を裏切ってしまう…)


ユイの心は、責任感からくるプレッシャーで押しつぶされそうだった。


(もし負けたら、今までの練習は、全部無駄になる。また「お遊び」って言われる。あんなに頑張ったのに…)


リナは、不安から手が震えていた。努力が否定されることへの恐怖が、彼女の心を締め付ける。


(負けるわけにはいかない。みんなの応援、このペンライトの光…この熱狂を、最高の結果で返したい!)


ミナは、ファンの存在を力に変え、前だけを見ていた。


(勝つ。それ以外の選択肢はない。奴らの動きを観察する。この短期間で勝つには、頭脳しかない)


諸星カズキは、冷静に試合の組み立てを考えていた。彼は、感情を一切見せずに、青葉高校の選手たちの動きを、鋭い眼差しで分析している。


「いくぞ!」


私たちは再び円陣を組み、手を重ね合わせた。


「…怖い、でも…4人だからこそ、誰一人欠けられないんだ」


佐藤リナの口から、弱気な声が漏れる。しかし、彼女の視線は、ペンライトが揺れる観客席に向けられていた。


「大丈夫だよ、リナ!みんな見ててくれてる!」


内海ミナが力強く言う。彼女の声は、いつものライブMCのように明るく、力に満ちていた。その言葉に、私は自分の手のひらをじっと見つめる。汗で滑るボールを、何度も何度も掴み直した。


---


審判がボールを掲げ、高く上げる。


その瞬間、体育館のざわめきが、まるで遠い場所の出来事のように遠のいた。


(青葉高校バスケ部・控え室)


「相手、マジでアイドルじゃん。楽勝っしょ」


「勝ったらサインもらうか?」


青葉の控え選手たちが、軽口を叩き合っていた。だが、エースの一条シンだけは、その声に耳を貸さない。


「油断するな」


彼の冷たい一言で、その場の空気が引き締まった。


「あいつらは、お遊びでここまで来たんじゃない。何か…厄介なものを隠し持っている」


シンは、私たちの動きを、ただ一人、真剣な眼差しで見つめていた。


視界が、私たちと、審判が掲げたボール、そして目の前の青葉の選手たちに絞られる。心臓の鼓動と、床の振動だけが、耳の奥で響き続ける。まるで世界が一瞬止まったかのように。


試合開始のホイッスルが鳴り響く。


その瞬間、私はすべての不安を振り払い、ボールを追いかける。これは、私たちのバスケだ。最高のパフォーマンスを、このコートの上で証明するんだ。

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