第7話:予選直前の誓い

次のライブまで、あと3日。私たちは、バスケのユニフォームを着て、新しい振り付けの最終調整を行っていた。ライブ会場のステージは、体育館のコートよりも狭い。だが、私たちは、その限られた空間を、バスケットボールのコートに見立て、ドリブルとパスの動きを、ダンスに融合させていった。


体育館に響くのは、バスケットシューズが床を擦る、甲高い「キュキュッ」という音と、汗の匂い。それは、ステージ上で聞こえる、歓声や音楽とは全く異なる「音」だった。その音は、私たちの疲労を、リアルに突きつけてくる。


「ユイ、パスが少し遅い!もっと早く!」


諸星カズキが、厳しい声で指示を出す。彼の言葉に、私は思わず唇を噛んだ。疲労が、体だけでなく、心にも重くのしかかっていた。この数週間、私たちは、休みなく練習を続けてきた。アイドルとしてのレッスン、そして、夜遅くまで続くバスケの練習。その両立は、想像を絶するほど過酷だった。


佐藤リナは、体力的に限界だった。膝はガクガクと震え、肩で息をする。内海ミナも、声が枯れていて、ライブMCのように明るい声が出せない。そして、私は、SNSのアンチコメントを気にして、集中できないでいた。


「ごめん…」


私がそう言うと、諸星は何も言わずに、私の隣でドリブルを始めた。その音は、まるで、私の心の鼓動とシンクロしているようだった。


「私たちは、最高を目指すんだろ?」


諸星が、静かに言った。その言葉に、私はハッとした。諸星は、いつもそうだ。無駄な感情を排除し、目標だけを見据えている。それが、彼の強さであり、私たちが彼を信頼する理由だった。


「うん…そうだね」


私は、再びボールを手に取った。


その日の練習後、私たちは、マネージャーと先生に呼ばれ、ミーティングルームに集まった。


「次のライブ、チケットは即完売だ。しかも、バスケファンからの問い合わせが殺到している。メディアも、君たちのパフォーマンスに注目している」


マネージャーは、興奮を隠せないでいた。だが、先生は、いつものように冷静だった。


「だが、君たちの体は、限界に近づいている。このままだと、ライブで最高のパフォーマンスはできない。そして、その後のインターハイ予選にも影響が出るだろう」


先生の言葉に、私たちは思わず顔を見合わせた。先生は、私たちのことを、いつも見守っていてくれた。私たちの努力も、疲労も、すべて知っていた。


「私たちは、最高のパフォーマンスを届けたい。そして、インターハイ予選で、みんなを驚かせたい」


内海ミナが、力強く言った。


「そのために、私たちは、どうすればいい?」


内海の問いに、先生は静かに答えた。


「インターハイ予選の組み合わせが、今日発表された」


その瞬間、部屋の空気が張り詰める。マネージャーは、緊張した面持ちで、タブレットを操作した。


(この瞬間、全国のバスケファンが、そして私たちのファンが、同じ画面を見ている……)


ユイは心の中でそう思った。


「初戦の相手は…バスケの強豪として知られる、青葉高校だ」


その言葉に、私たちは息をのんだ。青葉高校。それは、バスケの世界では、知らない人はいないほどの強豪校だ。去年は、インターハイでベスト4に入り、そのエースは「氷のシューター」として全国に名を轟かせている。ネット記事には「氷のシューターは1試合で50点取った」という見出しが踊っていた。ここに勝てるわけがない。


(青葉高校バスケ部・練習場)

「初戦は、アイドルチームか。面白いな…」

そう呟きながら、氷のシューターは、汗一つかかずに、完璧な放物線を描くシュートを放った。


「やっぱり、無理だ…」


佐藤リナが、震える声で呟いた。その言葉は、私たちの心の奥底にあった不安を、露呈させた。


(怖い…怖い。また「お遊び」って言われるんじゃないか?負けたら、今までの努力は全部無駄になる。ダンスのレッスンで足が棒になるまで踊ったこと、指の皮が剥けるまでボールを握ったこと、喉が枯れるまで歌ったこと…全部、誰かの嘲笑に変わってしまう。アイドルとしての評価も、バスケプレイヤーとしての評価も、全部…)


私の心は、不安でいっぱいだった。勝ちたい気持ちと、負けることへの恐怖。その二つの感情が、私の心の中で激しくぶつかり合っていた。


「君たちなら、できる」


先生が、静かに言った。


「君たちのバスケは、普通のバスケじゃない。君たちにしかできない、最高のパフォーマンスだ。そして、君たちのパフォーマンスは、バスケを通じて、さらに輝きを増した」


先生の言葉に、私たちは、もう一度、互いの顔を見合わせた。


「…行くぞ」


諸星が、静かに言った。彼の瞳には、再び熱い炎が燃え始めているのが見えた。


私たちは、互いに顔を見合わせ、静かに頷き合った。そして、円陣を組むように、互いに手を重ねた。汗ばんだ手が、互いの震える指先に触れる。その指先から、確かに熱が伝わってくる。それは、不安を打ち消し、私たちが一つであることの証明だった。


一瞬、体育館に沈黙が訪れる。


風を切る音も、足音が響く音もない。ただ、私たちの荒い呼吸音だけが、天井の高い空間に響き渡っていた。互いの胸の鼓動が、自分の心臓のように力強く感じられた。


「私たちは、アイドルです。そして、バスケプレイヤーです!」


内海が、力強く叫んだ。その声は、震えていたが、迷いはなかった。


「次のライブで、最高のパフォーマンスを見せて、みんなに勇気を届けよう!」


内海の言葉に、私たちは力強く頷いた。


「行くぞ!」


その言葉は、私たちの心の奥底に眠っていた情熱を呼び覚ました。私たちは、バスケを通じて、アイドルとしての新しい輝きを見つけ始めていた。


次の日、私たちは、インターハイ予選に向けて、練習を始めた。それは、私たちの、新しい物語の始まりだった。

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