第6話:噂が噂を呼ぶ
練習試合での勝利から、私たちの日常は一変した。体育館に響いた勝利のブザーは、私たちの世界を大きく揺さぶる、始まりの合図だったのだ。
SNSは、私たちのバスケの話題で持ちきりだった。「#伝説の始まり」というハッシュタグは、瞬く間に日本のトレンド1位に輝いた。私たちの練習風景を撮影した動画は、何百万回と再生され、コメント欄は瞬く間に溢れかえった。
「アイドルなのに、バスケマジで上手いじゃん!」「これは見に行くしかない!次の試合はいつですか?」「アイドルとしてのパフォーマンスも見てみたい!」「負けたけど、最高の試合だった。あいつら、マジでやばい」(対戦相手の高校バスケ部員の投稿)
熱狂はSNSの中だけに留まらなかった。私たちの勝利は、スポーツニュースのウェブサイトでも取り上げられ、「次世代アイドル像の誕生か」とまで評された。有名バスケOBや芸能人までもが、私たちの動画を引用して「彼女たちのバスケは本物だ」「このスピード感とフォーメーションは、プロのコーチがつけたものだろう」と称賛のコメントを投稿した。しまいには、地元テレビ局の取材依頼が殺到し、学校の廊下では、知らない生徒たちから「この前、試合見ました!」「めちゃくちゃかっこよかったです!」と声をかけられるようになった。購買部に行けば、ファンが私たちを見つけて列を作り、握手を求めてくる。まるで、私たちは一夜にして、学校のヒーローになったかのようだった。
「(すごい…。でも、私たち、ただの練習試合で勝っただけなのに)」
私は、スマホの画面を眺めながら、どこか現実味を感じられずにいた。これまでの努力が報われたことは嬉しい。でも、それは、私たちがアイドルとして努力してきたこととは、少し違う場所で評価されたことだった。ステージの上で、完璧なダンスと歌を披露し、ファンからの声援を浴びる。それが、私にとっての「評価」だった。だが、今は、汗と泥にまみれたバスケユニフォーム姿で、知らない人たちから「マジでやばい」と称賛されている。そのギャップに、心が追いつかなかった。
そんな私たちの戸惑いをよそに、マネージャーは興奮を隠せないでいた。
「すごいぞ!これぞ、新しい時代のアイドルだ!この勢いを、次のライブに繋げるぞ!」
マネージャーは、次のライブで、バスケのユニフォームを着てパフォーマンスをすることを提案してきた。私たちは、戸惑いつつも、その提案を受け入れた。
だが、チーム内には、少しずつ揺らぎが生じていた。
「アイドル活動よりバスケが注目されすぎるのでは…」
諸星カズキが、練習中にポツリと呟いた。彼の言葉に、誰も何も言えなかった。私たちは、アイドルとして夢を追うために集まった。バスケは、あくまでそのための「手段」だったはず。だが、今は、バスケが私たちを「アイドル」として評価されるための、最大の武器になっていた。
そんな私たちの揺らぎをよそに、体育館の入り口には、毎日、多くの生徒たちが集まるようになった。バスケ部の生徒、ダンス部の生徒、そして、私たちのファン。彼らは、私たちに質問をしたり、アドバイスをくれたり、そして、ただ静かに私たちの練習を見守ってくれたりした。
「すごいな…アイドルって、あんなに体力使うんだ」と、陸上部の男子が感心したように呟いた。
「あのパス、マジでやばい。どうやったらあんなに正確に投げられるんだ?」と、バスケ部の男子が、真剣な眼差しで諸星を見ていた。
「動きにキレがある。ダンスの練習もしてるって聞いてたけど、やっぱりすごいね」と、ダンス部の生徒が、内海のドリブルを食い入るように見つめていた。
一方で、私たちのことを快く思っていない生徒たちもいた。「話題性だけだろ、どうせ」「どうせ、またすぐ飽きるよ」という囁き声も聞こえてくる。SNSのアンチコメントも、相変わらず増え続けていた。
その中でも、特に心ないコメントが私の目に留まった。
「アイドルだかなんだか知らないけど、調子に乗るなよ」
そのコメントを見た瞬間、私の胸がギュッと締め付けられた。私たちは、ただひたむきに、バスケとアイドルを両立しようと頑張っているだけなのに。こんなにも心ない言葉を言われなければいけないのか。
私は、練習に集中できなくなり、パスをミスする回数が増えた。内海が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「ユイ、大丈夫?」
私は、笑顔で「大丈夫だよ」と答えた。だが、私の心は、不安でいっぱいだった。
そんな私たちの揺らぎをよそに、時間は刻々と過ぎていく。次のライブまで、あと一週間。私たちは、バスケの動きを取り入れた新しい振り付けを、完成させなければならなかった。
ある日の練習後、私は一人、体育館に残っていた。今日の練習で、私たちは、新しい振り付けを完成させた。それは、バスケのドリブルとシュートの動きを、ダンスに取り入れたものだった。
私は、バスケットボールを手に、一人、練習を始めた。ボールをドリブルしながら、ステップを踏む。シュートを打つ動きは、まるで空に舞い上がる鳥のようだ。それは、アイドルとしての私と、バスケプレイヤーとしての私を、一つにする動きだった。
「(バスケを始めた頃は、ただ勝利だけを追い求めていた。でも、今は違う。バスケも、アイドルも、両方、みんなを笑顔にするためのものなんだ)」
私は、バスケを通じて、自分自身と向き合うことができた。そして、アイドルとしての新しい可能性を見つけることができた。
私たちは、バスケを通じて、新しい物語の扉を開けたのだ。それは、アイドルとしての輝きと、バスケプレイヤーとしての情熱が、一つになった、私たちだけの物語。
次のライブで、私たちは、この新しい物語を、ファンの皆に届けなければならない。
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