第4話:勝利のためのパフォーマンス

練習が本格的になると、私たちはバスケとアイドルの両立に、予想以上の困難を感じ始めた。限られた時間の中で、バスケの技術とアイドルとしてのパフォーマンス、両方を完璧にこなすのは無理だ。


それは、私たち自身の葛藤だけでなく、外部からの声も、さらに私たちを追い詰めていった。アップされた練習動画のコメント欄は、私たちの内なる葛藤を映すように、二つの派閥に分かれていた。


「どうせやるなら、勝利を目指してほしい!」「ガチで勝つ姿が見たい派、集合!」と、純粋なバスケファンや勝利至上主義のファンがコメントを残す一方で、「無理して勝たなくてもいいよ。笑顔でバスケしてくれたら、それだけで最高!」「魅せるバスケが見たい派、集合!」と、私たちを心配するアイドルファンが書き込んでいた。


このネット上の論争は、すぐにまとめサイトの目に留まった。「アイドルバスケ論争、勃発」という見出しで、ファンの意見がまとめられ、まるで私たちは、今すぐにどちらかを選ばなければならないかのように、さらなるプレッシャーがかかった。


「このままじゃ、どっちつかずになる。俺は、勝つためのバスケをしたい」


諸星カズキが、冷静な声でそう言った。彼の言葉には、バスケに対する真剣な思いが込められていた。彼は、勝利にこだわり、無駄を嫌うタイプだ。


「でも、私たちはアイドルなんだよ?どうせなら、アイドルらしい、魅せるバスケも必要なんじゃないかな?」


内海ミナが、それに反論した。彼女の言うことも理解できる。私たちは、ただのバスケ部じゃない。アイドルとして、ファンを魅了し、笑顔にしなければならない。


二人の意見は、真っ向から対立した。諸星は、パスやシュートの精度を上げるための基礎練習を、内海は、ダンスの要素を取り入れた、華やかなプレイスタイルを主張した。


その結果、練習はギクギクした。諸星がスピード重視のパスを出せば、ミナは受け損ねてボールを弾いてしまう。ミナが派手な回転を加えてシュートを狙うと、ボールはリングを大きく外れて空振りした。


特に笑えたのは、諸星のパス練習だった。真剣な顔で私にパスを出したが、その勢いが強すぎて、私の顔をかすめていく。思わず悲鳴を上げて避けると、その動きが、まるでダンスの振り付けのように見えた。その瞬間、私たちは大声で笑い合った。小さな失敗が連鎖し、笑いが絶えない練習だった。


その日の練習は、結局まとまらなかった。ギクシャクした空気の中、私たちはそれぞれの練習メニューをこなした。


練習後、私は一人、体育館に残った。誰もいなくなった静かなコートで、私はボールをドリブルしていた。


冷たい床に座り込むと、汗をかいたユニフォームがひやっと肌に張り付いた。鼻をくすぐるのは、ボールのゴムの匂いと、埃っぽい体育館の匂いだ。


「(どうすればいいんだろう…。諸星の言うことも、内海の言うことも、両方正しい。でも、両方やろうとしたら、きっと、どっちも中途半端になる)」


ボールが床を叩く音が、静まり返った体育館に響く。その音を聞いていると、中学時代、バスケをしていた頃の自分を思い出した。あの頃の私は、ただひたすらに勝利だけを追い求めていた。勝利だけが、すべてだった。コートにいたのは、大沢ユイという一人のバスケプレイヤーだった。


でも、今は違う。私は、アイドルだ。ファンの笑顔のために、ステージに立っている。アイドルネームの「ユイ」として。バスケも、アイドルも、どちらも大切な私の夢だ。この二つの道を、今、私が繋ごうとしている。


その時、体育館のドアが開き、諸星が入ってきた。


「まだいたのか」


諸星は、私の隣に座り込んだ。私たちは、しばらくの間、何も話さずに、ただバスケットボールをドリブルしていた。


「……内海の言ってることも、分かるんだ」


諸星が、ぽつりと呟いた。


「私たちは、ただのバスケ部じゃない。アイドルがバスケをするって、それだけで面白いんだ。それを最大限に活かしたいって、内海は思ってる」


私は、驚いて諸星を見た。彼が、内海の気持ちを理解していたことに、私は少しだけホッとした。


「でも、俺は、中途半端なことはしたくない。やるからには、本気で勝ちに行きたい。アイドルだって、本気でやらないと、誰も見てくれないだろ?」


諸星の言葉に、私は頷いた。彼の言いたいことは、痛いほど分かった。


「……じゃあ、二つともやろう。勝利と、パフォーマンス。両方、手に入れよう」


私がそう言うと、諸星は少し驚いた顔をした。


「どうやって?」


「バスケの技術を、私たちのパフォーマンスにするんだ。ドリブルのリズムで、観客を巻き込む。パスの連携で、ステージのフォーメーションみたいに魅せる。そして、勝利という最高のパフォーマンスで、みんなを笑顔にする」


私の言葉に、諸星は静かに頷いた。彼の瞳の奥に、再び熱い炎が燃え始めたのが見えた。


次の日の練習。私たちは、新しい戦術を試した。それは、バスケの技術とアイドルのパフォーマンスを融合させた、まったく新しいスタイルだった。


内海の華やかなプレイスタイルと、諸星の勝利にこだわる冷静さが、互いの弱点を補い、強みとして機能する。


それは、単なるご都合主義ではなく、私たちにしかできない、最高の「勝利のためのパフォーマンス」だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る