第3話:魔法のフットワーク
練習動画をアップしてから数時間後、スマホを開くと、通知が鳴り止まなかった。
「ガチで上手いじゃん!」「ただの企画ものじゃないの?」「ユニフォーム姿も可愛い!」
動画についたコメントの多くは好意的だった。だが、中には辛辣なものもあった。
「アイドルの練習なんて、どうせ遊びだろ」「バスケを舐めるな」
そして、私たちの心を揺さぶったのは、ファンからの心配の声だった。
「推しが倒れちゃわないか心配」「無理しないでね…」
賛否両論。それが、私たちの最初のリアクションだった。そんなファンのコメントをまとめた、「アイドルが本気でバスケやってみた」というタイトルのまとめサイト風記事が、すぐにネットに上がった。「炎上すると思ったけど普通に上手くて悔しい」というアンチのコメントを切り抜いた動画まで拡散され、私たちの話題は、アイドルファン界隈を超えて広がっていく。
特に驚いたのは、バスケ部経験者からのコメントだった。
「アイドルって侮ってたけど、フットワークの重心移動がマジでいい」「ドリブルの音が安定してる。経験者だな」といった専門的な分析に、私たちは思わず顔を見合わせた。
さらに、私たちの練習風景を切り抜いた動画がいくつも作られ、ミニゲームでシュートを決めた諸星のファンアートがSNSに投稿されるなど、私たちのバスケは、新たな熱狂を生み始めていた。ファンからのコメントは、「次の試合はどこで見られる?」という、具体的な追跡熱に変わっていく。
「…私は、本当に両立できるのかな?」
佐藤リナが小さな声で呟いた。その言葉に、私たちは誰も答えられない。アイドルとしての仕事と、バスケの練習。その両立は、想像以上に過酷なものだった。ライブ後、夜遅くまで続く練習。翌朝は、始発で仕事に向かう。体は悲鳴を上げていた。
そんな私たちの不安をよそに、諸星カズキは淡々と、しかし強い意志を込めて言った。
「やるからには、最高を目指すんでしょ?」
その言葉に、私たちは再び顔を上げた。諸星は、いつもそうだ。無駄な感情を排除し、目標だけを見据えている。それが、彼の強さであり、私たちが彼を信頼する理由だった。
「この課題、アイドル流に解決しちゃおうよ!」
内海ミナが、明るい声で提案する。
私たちは、バスケの練習とアイドルのパフォーマンスを融合させる、独自のトレーニング方法を編み出した。それは、私たちの身体に、バスケの技術とアイドルの表現力を、深く刻み込んでいった。
ドリブルをしながら、新曲のメロディーを歌う。ボールを弾ませるリズムに合わせて、歌詞が自然と口からこぼれた。パスを回すときは、ダンスのフォーメーション移動を意識する。内海が力強いシュートを放つ。その動きは、まるで新曲のクライマックスで見せる、力強いダンスのようだ。
だが、すべてが完璧に進んだわけではない。
「うわっ、息が…!」
ドリブルしながら歌ったら、内海が途中で息が上がってしまい、ぜいぜいと肩で息をする。佐藤と私がパスに声を乗せる練習をしたら、なぜかハモってしまい、おかしくて全員で笑い転げた。諸星の足を踏んでしまい、転びそうになったこともあった。そんな小さなコメディを積み重ねながら、私たちは徐々にチームとしての完成度を高めていった。
そんな私たちを、顧問の先生は静かに見守っていた。そして、小さな声で呟く。
「…やるな」
マネージャーもまた、真剣な顔でスマホにメモを取っていた。「ドリブル、振り付けに。パス、フォーメーションに。これ、次のライブ演出に使えるぞ」と、別のビジネス的視点で物事を捉えているようだった。
私たちは、一つずつ課題をクリアしていく。体力不足は、ダンスの基礎練習をバスケのフットワーク練習に組み込むことで補った。声掛けが弱いという課題は、バスケの掛け声を、私たちのライブMCの言葉に置き換えることで解決した。
「よし!シュート、決めるよ!」
「最高の一本、見せてやる!」
それは、私たちのライブでの掛け声だった。バスケの練習も、ライブのように楽しかった。
練習が終わり、夜の帰り道。私たちは疲労で足を引きずっていた。靴の中は汗でぐっしょり濡れ、掌には小さなマメができていた。膝はガクガクと震え、髪は汗で顔に貼りついている。駅までの道のりが、果てしなく遠く感じられた。
駅のベンチに座り、コンビニで買ったアイスを食べる。冷たいアイスが歯にしみる。その感覚が、火照った体に染み渡っていく。
「最高!」
そう叫ぶと、佐藤がスマホで写真を撮り、SNSにアップした。「練習帰りにアイス!」という一言を添えて。その数分後、その投稿はすぐに拡散され、「アイドルが練習帰りにコンビニに現れた!」と小さな目撃情報としてネットニュースになっていく。
電車の揺れに、私たちはうとうとと眠りに落ちた。その中で、私はぼんやりと過去を思い出していた。
バスケを辞めたあの日。私は、もう二度とボールを触ることはないと思っていた。アイドルになったあの日。私は、もう二度と泥臭く汗を流すことはないと思っていた。
でも、今、この瞬間、バスケとアイドル、二つの道が交差している。汗だくでバスケをする自分も、ステージでスポットライトを浴びる自分も、どちらも私だ。どちらも、最高に楽しい。
そうして、私たちは、誰も見たことがない、新しいアイドルへと進化していくのだった。
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