第2話:バスケとアイドルの交差点
「よし、皆。まずはユニフォームに着替えてくれ」
マネージャーの言葉に、私たちは用意されたユニフォームを受け取った。それは、アイドルとしての華やかな衣装とは真逆の、シンプルで実用的なものだった。真っ白な生地に、学校のロゴが印刷されている。そして、胸元には私たちのグループ名「スパークル☆ビーツ」のエンブレムが、さりげなく刺繍されていた。まるで、私たちのために作られた特別な衣装みたいで、少しだけ誇らしかった。ファンが後に「幻のユニフォーム」と呼ぶなんて、この時の私たちは知る由もなかった。
着替えを終え、再びコートに立つ。鏡で見た自分の姿は、まだどこか見慣れない。アイドルとしてキラキラの衣装を身につけている自分と、バスケのユニフォームを着ている自分。まるで二つの異なる世界にいるようだった。
「じゃあ、まずは自己紹介だ。バスケ部としての、君たちの名前とポジションを教えてくれ」
先生の言葉に、内海ミナが明るく手を上げた。
「はい!スパークル☆ビーツのリーダー、内海ミナです!ポジションは、シューティングガードでした!」
内海の本名は赤木。バスケをしていた頃は、その熱血漢な性格から「炎のガード」と呼ばれていたことを思い出す。アイドルネームは「ミナ」。キラキラしたその名前は、彼女の情熱をさらに輝かせていた。
次に、諸星カズキが静かに口を開いた。
「サブリーダーの諸星カズキ。ポジションはスモールフォワードだ」
諸星の本名は三井。アイドルネームは「カズキ」。クールに見えるが、誰よりも負けず嫌いで、勝負にこだわる男だ。バスケをしていた頃は、その高い身体能力から「天才肌」と呼ばれていた。
そして、少し恥ずかしそうに、佐藤リナが続いた。
「…佐藤リナです。パワーフォワードでした」
佐藤の本名は宮城。アイドルネームは「リナ」。内気で控えめな性格だが、一度バスケの話になると、その瞳に強い光が宿る。
最後に、私の番が来た。私は、少しだけ息を吸い込んだ。
「大沢ユイです。ポイントガードでした」
本名の大沢は、アイドルネームの「ユイ」と違って、なんだか泥臭い。でも、バスケをしていた頃の自分を、最も象徴している名前だった。
自己紹介を終えると、先生は満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ、まずはバスケの練習だ。ドリブル、シュート、パス。基本からやっていくぞ」
ボールを受け取った瞬間、手に吸い付くような感触がした。ああ、この感触。懐かしい。全身に電流が走ったかのように、心が震えた。
練習が始まった。最初にやったのは、ドリブルだった。内海は、リズミカルにボールを弾ませる。そのリズムに合わせて、思わず鼻歌がこぼれた。「ドン、ドン、ドン…」というボールの音に、自然と歌のメロディーが乗っていく。
諸星は、クールな表情のまま、正確なパスを出す。そのパスは、まるでダンスの振り付けのように、私の手のひらに吸い込まれる。諸星は無言だが、そのパスには「さあ、動け」という強い意志がこもっているようだった。
佐藤は、小柄な体から想像できないほど力強いドリブルを繰り出す。ボールを持つと、普段の内気さが嘘のように消え、瞳に強い光が宿る。
私は、コート全体を見渡しながら、みんなの動きを観察した。ブランクがあったはずなのに、その動きは滑らかで、迷いがなかった。だが、ふと気づく。バスケは5人制だ。コートにいるのは、私たち4人だけ。このままだと、常にコートに穴が空いてしまう。
「本当は5人だったんだけど、もうひとりは怪我で続けられなくて…残ったのは私たちだけなんだ」
佐藤リナが、小さな声で呟いた。その言葉に、私たちは思わず顔を見合わせる。
「…だからこそ、私たちにしかできない戦い方を作るんだ。4人しかいない分、声掛けを増やしてカバーする。アイドルとしての連携を、そのままバスケに持ち込むんだよ!」
私の言葉に、内海ミナが明るい声で言った。
「そうだね!私たちは、最高を目指すんだから!」
その時、マネージャーがスマホを片手に声をかけてきた。
「皆、ちょっといいか?この練習風景、動画を撮ってSNSにアップしてみよう。アイドルが本気でバスケやってるなんて、絶対に話題になるぞ!」
マネージャーは、ビジネス的な視点から、この状況を最大限に活かそうとしていた。だが、その言葉には、一抹の危うさも潜んでいるように感じた。
「でも、変に撮られたら、炎上しないかな…?」
佐藤が小さな声で呟いた。その言葉に、私たちは思わず顔を見合わせる。
「大丈夫!この練習は、僕が公式にアップする。それに、君たちの才能は、そんな小さなリスクを吹き飛ばすくらいすごいんだ!」
その言葉に、私たちは少し安心した。だが、マネージャーの公認とは別に、すでに自然発生的な「バズり」の芽が生まれていた。体育館の窓の外。部活帰りだろうか、数人のクラスメイトがこちらを覗き見て、スマホで撮影しているのが見えた。彼らが、私たちを応援してくれるファンになるのか、それとも…その答えは、まだわからない。
練習が終わる頃には、私たちの身体は汗だくだった。鏡を見ると、そこに映る自分は、ライブ後とは違う、汗と熱気に満ちた表情をしていた。
「なんだか、今日はいつもより疲れたけど…すごく充実してた」
佐藤が呟く。その言葉に、全員が頷いた。
その時、内海ミナがドリブルしながらターンをする。その流れるような動きを見て、私はハッと気づいた。
「これ…ダンスの振り付けに使える!」
内海が驚いたように言った。私たちは、バスケがアイドル活動に活かせることに気づき、興奮を隠せないでいた。バスケの練習が、私たちのアイドルとしてのパフォーマンスに、新たな深みを与えてくれるかもしれない。
しかし、そんな私たちの高揚感をよそに、先生は真剣な顔で言った。
「だが、課題もある。君たちは中学時代に培った技術は持っている。だが、ブランクがある上に、アイドルとしての仕事もある。体力は明らかに足りていない。そして、チームとしての声掛けが、まだ弱い」
先生の言葉に、私たちは思わず顔を見合わせる。確かにそうだ。私たちは、まだバスケを始めたばかりだ。
「私たちは、ただのアイドルじゃない。アイドルであり、バスケプレイヤーだ。この課題を、どう乗り越えるか。それを考えるのが、君たちの次の課題だ」
先生は、そう言って、私たちにボールを一つずつ手渡した。そのボールは、私たちに「挑戦」を突きつけているようだった。
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