第4話


そんな中、望月さんが汗ばんだ額に手をかざしながら、

白い日傘の下で涼を求める人々に向かって、

青と白のボーダー柄のメガホンめがけて声を張り上げた。

さっき望月さんからコツがあると教えてもらったけど、

横隔膜を下げて深く息を吸い込み、

声帯を適切に振動させながら発声する―――らしい・・。

運動部でもないので、大きな声自体出すだけで変な声な気がする。

はたしてどれぐらい売ったのだろう、砂漠を彷徨い歩いたのだろう。

それでも彼女の声は潮風に混じって、

波音と重なり合いながら砂浜に響く。


「インスタ映え間違いなしの、

レインボーシロップのかき氷はいかがですかー!」


彼女の声は明るく弾んでいるが、

よく見ると額の汗が小さな真珠のように光っている。

白いエプロンの裾が海風に閃き、

砂がうっすらと付着して小さな結晶のように煌めいていた。

そんな中、不意に現れたのは奇妙な発言をする人物だった。

二十代とおぼしき女性。

その人の口から発せられる言葉は、

まるで真夏の蜃気楼のように現実感を欠いていた。


「ツイッターのIQ30社会でも可能ですよ、

ついでに床屋でレイボンヘアーにしてもらったらどうですか(?)」


その言葉は意味不明で、

まるで熱中症による錯乱状態のような響きを持っていた。

意味的結束性の欠如、統語構造の破綻、

語用論的適切性の著しい低下。

望月さんは困惑したように眉をひそめ、首を小さく傾げたが、

何事もなかったかのように続ける。




「浮き輪や、日焼けクリームもありまーす!」


望月さんの声は再び砂浜に響く。

彼女の後ろでは、色とりどりの浮き輪が風に揺れ、

プラスチックの擦れる音が小さく聞こえていた。

日焼けクリームの白いボトルが陽光を反射し、眩しく光っている。

しかし、またしても奇怪な発言が続く。

「スライム作れっていうことなら、

動けない程に作ってあげます―――よ、

ねるねるねるねー!」


ドヤ―ッといった表情をしている女性。

その声には不気味な含み笑いが込められており、

真夏の暑さとは異なる種類の不快感を漂わせていた。

だが、それが望月さんの後だとミスマッチな不思議な魅力を持っている。

尖っている。


「美味しいジュースもありまーす!」


望月さんは再び営業の声を上げるが、

その声にはわずかな疲労の色が滲んでいた。

彼女自身も冷たい飲み物を欲しているようだった。

しかしやはり、不気味なこだまは続けられた。


「氷で頭を洗ってくれっていうことなら、

床屋さんにお願いしてあげます―――よ(?)」


声の主は現れる。

大学生くらいの年頃の女性が、

ノースリーブの白いシャツを着て望月さんめがけて砂浜を歩いてくる。

彼女の肌は程よく日焼けし、健康的な小麦色に輝いている。

髪は海風に軽やかになびき、

時折顔にかかる前髪を手で払いのける仕草が自然で美しい。

その瞳には親しみやすい光が宿り、

唇には人懐っこい笑みが浮かんでいた。

望月さんと、顔見知りのようだ。

雰囲気から察すると家の近所のヒトかも知れない。

この辺りは古くからの住宅街と新しいマンションが混在する地域で、

地元の人々の結び付きは思いのほか強い。



「あらー、マコちゃん! 今日も頑張るのね」

「ミサキさん全部売り尽くしますからね、応援ありがとうございます」



(?)


どうやら、ミサキさんというらしい。

詳細はどうあれ、望月さんの声は一転して親しみに満ち、

まるで久しぶりに会った友人を迎えるような温かさに包まれている。

対する女性の表情も和らぎ、頬に自然な微笑みが浮かぶ。

しかし今日も頑張るのね、と言うからには、昨日も見ていたのだろう。

自分は心の中で思う。指定されたリセット値にリセットされる、

HP2の自分とは違って、

この人達は現実の人間関係を築いているのだ、と。


「で、お隣は彼氏さん?」


お姉さんの何気ない質問が、

まるで小石を静かな池に投げ込んだように、

場の空気に小さな波紋を広げた。

余計なお世話というのは別として、

人間というのは他者同士の関係性を瞬時に判定しようとする、

本能的傾向を持っている。

これは進化心理学的に、集団内での社会的地位や、

同盟関係を把握する必要性から発達した認知機能だ。


「あっ、いや、えーっと・・・」


その瞬間、俺の思考回路は完全にショートした。

血液が一気に頭に上り、顔が火照るのを感じる。

言葉が喉の奥で団子状になり、まともな返答ができない。

自分でも、こういう自分が嫌だなって思う・・・・・・。

自分は言葉に詰まり、口の中でもごもごと意味不明な音を発する。

顔は見る見るうちに赤くなり、額には冷や汗が浮かんでくる。

曖昧なへらへらした、困惑した表情。

視線は宙を彷徨い、何処を見ていいか分からない。

違うって毅然として言いたい。

違うんだから、違うと言いたい。

こんな曖昧で煮え切らない自分が心底嫌になる。

まるで故障したロボットのように、

適切な反応ができずにいる自分に嫌悪感を抱く。


「やだな、もう」

と望月さんが口を尖らせる。

その唇は薄いピンク色で、少し膨らんだ様子が愛らしい。

眉間には小さな皺が寄り、困ったような表情を浮かべている。


「すぐ、そういうこと言うんだから、

恋愛脳で、近頃ドキッとしてないんですか。

勇太とかお父さんはいいですけど、

普通の人はそんなこと言われたら困ります!」


望月さんの抗議の声には、

親しい間柄だからこそ言える率直さが込められていた。

彼女の頬は少し紅潮し、真剣な表情の中にも親愛の情が垣間見える。


「あはは、ごめんごめん、マコちゃん可愛いから、

ついね、お邪魔したわね、頑張ってね~」


ミサキさんは屈託のない笑い声を響かせながら、

手をひらひらと振って去っていく。

その後ろ姿は軽やかで、砂浜に残された足跡が小さく波に消されていく。

このやりとりを見ていた自分は、

コミュニケーション能力の低さを痛感し、深い劣等感に襲われる。

胸の奥が重く沈み、まるで鉛のような塊が、

心臓の周りに巻き付いているような感覚だった。



  *



📷ミサキの写真日記:砂浜での出会い

[写真:朝の砂浜、波打ち際に立つ二人の後ろ姿]


今日、海の家でちょっと気になる出会いがあった。

望月さんの隣にいた男の子。

背は百七十より上かな、巨神兵ほどには高くないけど、

どこか静かな空気をまとってて、シャイ認定。

帽子を深くかぶってるせいか、最初は顔がよく見えなかった。

でも、話しかけた瞬間の反応がもう・・・!

「彼氏さん?」って聞いたら、

「えっ、あっ、いや・・・えーっと・・・」

って、顔真っ赤にしてモゴモゴ。

その照れ方、反則級に可愛いんだけど!(´∀`*)

マコちゃんはすぐに「違う違う!」って慌てて否定してたけど、

初々しいよかもん見せてもらったばい('◇')ゞ


うーん、あの空気感・・・絶対ただの友達じゃないと思うんだけどな。

お似合いなのに、ちょっと惜しい。

恋愛ソムリエの血が騒ぐわー( `ー´)ノ


その子、巧くんっていうらしい。

もう心の中でタクちゃんって呼んだ。

マコタク、マコタク、マコタク・・・・・・。


それにしてもなんだろう、見てると昔飼ってたコーギーを思い出す。

人見知りだけど、慣れるとすごく甘えてきた、あの茶色の子。

眼が似てるのかも。ちょっと不安げで、でも優しさが滲んでる眼。

望月さんがさりげなくフォローしてる姿も、なんかいい。

先輩後輩のくんずほぐれつ( *´艸`)


あの距離感、じわじわ近づいていく感じ・・・見ててほっこりする。

また海の家に行こうかな。

このふたりの進展、ちょっと気になるし。

次はもっといい瞬間、撮れるかも、ウシシ(´艸`)



  *



俺は改めて自分のコミュニケーション能力の低さを痛感していた。

社会不適合者という言葉が頭をよぎる。

発言を求められても的外れな返答しかできない。

気の利いた冗談の一つも言えずに、

ただ愛想笑いを浮かべているだけ。

そして本当に些細な―――些末なことなんだけど、

望月さんだって相手を選ぶ権利がある。

あんなことを言われても何も言い返せない自分は迷惑だ。

好意を持っている相手に迷惑をかけている自分というのが、

どうしようもないほど、咽喉の奥の胃液のようにどろりと迫る。


「その、望月さん、ごめん、

俺が隣だと変な誤解させちゃうよね」


自分の声は小さく震え、

まるで謝罪することでしか、

存在価値を見出せないような情けなさに満ちていた。


「へ?」


望月さんは驚いたような声を上げ、大きな瞳を見開く。

その瞳は海のように深く澄んでいて、困惑の色が浮かんでいた。

自分は彼女と眼を合わせることができず、

視線を足元の砂に落とす。

帽子を深くかぶった自分の顔は青白く、まるで病人のようだった。

しかし、その青ざめた顔の中で、

瞳だけが燃えるような強い光を放っていた。

それは自己嫌悪と向上心が入り混じった複雑な感情の現れだった。

二人の間に流れる風は生ぬるく、

べとべとした湿気を含んでいた。

その風は夏の重い空気を運び、肌にまとわりつくような不快感を与える。



「その、キッチン戻って、勇太と変わってもらってくるよ」


自分の提案は自己否定に満ちており、

まるで逃げるような響きを持っていた。


「ストップ!」


望月さんの声は優しく響いた。

その声色には包み込むような温かさがあり、

語尾がわずかに笑いを含んでいた。

まるで小さな鈴が風に揺れるような、澄んだ美しい音色だった。


「わたしは、巧くんがいいと思ったから選んだの」


私はという自己の意志の明示。

選んだという能動的選択行為の強調。

巧くんがいいと思ったからという選択理由の明確化。

彼女の言葉は真摯で、

一つ一つの音が心に響いた。


「え?」


自分は驚きで声も出ない。


「その、勇太が人間不適合者であることは、

薄々気づいていると思うけど―――」


望月さんの声には苦笑いが混じっていた。


(?)

心の中では正直に答える。


「エジプトのコブラみたいに、笛ふくたびに、

出てきて、女の子キャワイイ、とかやらかすのよ。

あんなのと変わってもらってどんな仕事ができるっていうの」


望月さんの表現は独特で、

また勇太がやったであろうことも容易に理解でき、

想像するだけで苦笑いが漏れそうになる。


「・・・・・・でも」


自分はまだ納得できずにいた。

ふっと、望月さんは顔を顰める。

その表情の変化は繊細で、

まるで水面に小さな波紋が広がるようだった。

瞳の色がさざめき、まるで風に揺れる湖面のように光を反射する。

その顔は笑顔のようにも見えるが、どこか複雑な感情を秘めていた。

そばかすひとつないきれいな肌が、

陽射しに照らされてほんのりと染まって見える。

その肌の透明感は陶器のようで、

触れれば壊れてしまいそうな繊細さを持っていた。


「さっきの場合はそれでもいいと思うよ。巧くんが、

その、はっきりしない自分に苛立ってるのかも知れないけど、

わたしもそうだったし・・・・・・。

別に苦手なら苦手でもいいと思うんだ、

ほらコーヒーの香りは好きだけど味は苦手って人もいるんだもの。

人それぞれ得意なことと苦手なことがある、

ようはそれを活かせるように取り組んだ方がいいと思うんだ」


望月さんの声は穏やかで、

まるで母親が子供を諭すような優しさに満ちていた。


「どもったり、曖昧だったり、上手く喋れないことよりも、

最後はその人の接し方だったり、捉え方、心の置き方だと思う。

害ある人の避け方とか、言い返し方とか、

付き合い方って自然に覚えていくものだと思うの、

そういうのって協力体制だったり、同期のサポートとかで、

乗り越えていけるものだと思う・・・・・・」


望月さんの言葉は一つ一つが心に染み入り、

まるで乾いた土に水が吸い込まれるように自分の中に浸透していく。

彼女の声には経験に裏打ちされた説得力があり、

同時に相手を思いやる温かさが込められていた。

彼女もまた、俺と同じようなことで悩んだ経験があるのだろう。

有り触れているけれど、けしてなくならない悩み。

この海の家で働き始めて何年になるのか分からないが、

様々な客層を相手にしてきた中で培われた人生観なのかもしれない。

自分は諭されていることを実感する。

けれど、押し付けがましくない。

彼女の顔が可愛いということとはまったく関係なく、

一人の人間として、彼女がとてもしっかりした人だということが、

痛いほど伝わってくる。

その人格の深さと成熟度に、自分は圧倒される想いだった。


「それにね、巧くんってホッとするのよ」

「ホッと?」


自分は意外な言葉に驚く。


「うん、なんていうのかな、あんまり巧くんって、

わたしの傍にいない人なのよね。ほらこういう仕事してると、

結構沢山の人を見るからわたし、わかるのよ。

家族連れ、カップル、友人同士のグループ、一人で来る常連客。

年齢も職業も様々で、それぞれが違った目的でこの場所を訪れる。

真夏の太陽の下で、人々は普段以上に開放的になり、

本来の性格が表に出やすくなる。

でも巧くんって、なんかちょっと違う。

信用して秘密を打ち明けて絶対に口を割らない人っていうのか、

この人はきっと、期待に応えてくれる人だ。

ハートがある人だって思う」


望月さんの分析は鋭く、

まるで人の心を見透かすような洞察力を持っていた。

励ましてくれているのかも知れないわけだけど、

そこはのちのち、見知っていくしかない。


「勇太もお父さんも、だからすぐ信用したんだなって思った、

勇太はともかく、お父さんがあんなにフレンドリーなのは珍しい」


自分は担がれているのかもしれないと思いながらも、

この好印象発言に戸惑いを隠せない。

一拍の間が流れる。

その静寂の中で、波の音と遠くの子供たちの声だけが聞こえていた。


「その、巧くんの穏やかさというか、

優しさみたいなものって粒子が細かいのよね、

わたしは巧くんのそういうところすごく好きだな」


望月さんはそう言ってニコッと笑いかけてくる。

その笑顔は太陽のように明るく、

見ているだけで心が温まるような魅力に満ちていた。

頬のラインが柔らかく、瞳が三日月のように細くなり、

全体から溢れる親しみやすさが印象的だった。


「で! でも、そ、それ、お父さんの前では、言わないでね・・・」



自分の声は震え、まるで命乞いをするような切実さを含んでいた。

想像するだけでも背筋が凍る思いだった。


「ぷっ、あはは、巧くんって面白い」


望月さんの笑い声は鈴を転がすように美しく響いた。


「面白くないよ、海の家殺人事件だよ」


自分の返答は半分本気で、半分冗談だった。

と、海の家から出てきた勇太が声をかけてくる。

彼の足音は砂を踏みしめる重い音で、

エプロンには調理の跡が付いていた。

汗で髪が額に張り付き、疲労の色が顔に浮かんでいる。


「おーい! 店長がそろそろ休憩しろってさー!

あ、ごみーん、違った、オトウサマがー(?)」


勇太の声は茶化すような調子を含んでいたが、

その奥には親愛の情が感じられた。


「誰がお父さんだ、わかった―――もうわかった、

お前の気持ちはわかった、そうかそんなに、

焼きをきわめてみたいか、そうか、きわめてみろ、

俺を超えてみろ(?)」


ボスの声は海の家の奥から聞こえてきた。

その声には威厳があるが、どこか愛情深い響きも含まれていた。

怒りから理解、そして理解から挑戦という感情の段階的変化。


「ひーっ、やめちくりー、もうフランクフルト調理は嫌だ、

焼鳥させて、十年焼かせてタレをつけこませて(?)」




、と、望月さんが微笑んでくる。

すうっ―――と息を吸いながら、海の家へのバイトを決めたのは、

自分を変えたいという気持ちもないわけじゃない。

どうせ変わらないだろうって思っていたけど・・・。

学生時代は―――成長段階だ。

収益よりも負債をかかえこみやすいかもこの時期は、

ふらふらくさくさしてもいい。

取返しのつく期間だから、ドーンと飛び込んでいかなくちゃ、

失敗しても、めげても、駄目でも、前に一歩でも進まなくちゃ。



何だか、暑くて、不向きな場所だとわかっているのに、

その賑やかさが、心から流れる水と混じっていって、

ちょっとだけ明るくて前向きな気持ちになれる。

難しく考えるなよ、人間万事塞翁が馬。

トクン、と心臓が鳴って、

まるで新しい季節の始まりを告げる鐘の音のように、

今年の夏は楽しくなりそうだという予感が胸に宿る。



「行こう」

「うん・・・」



  *


🌽サイドストーリー:勇太の焼きのきわめつくし


俺の名前は勇太。

海の家でバイトを始めて二年経つが、ついに、

三日前、ボスの伝令が下った。

「勇太! フランクフルト焼け!」

ボスの雷のような声が厨房に響く。

フランクフルト、それは俺の人生を変えた運命の食材。

最初は簡単だと思っていた。

ソーセージを網に乗せて、くるくる回して焼くだけ。

何が難しいっていうんだ?

しかし、現実は甘くなかった。

一本目は焦がした。真っ黒。炭。

二本目は生焼け。中が冷たい。

三本目は皮が破裂。ソーセージの中身が飛び散った。


「何やってんだお前は! 不器用か・・!」

「ひひーん(?)」


ボスの怒号が飛び、嘶く。

しかし、言葉とは裏腹に失望ではなく、期待の光が宿っていた。

「いいか、勇太。フランクフルトは生き物だ。

火の加減、タイミング、愛情。すべてが必要なんだ」

「愛情って・・・・・・」


急に抽象的なことを言い出す、ボス。

でも何故かそれがグレイトにアンビリバボーに俺の心の琴線を揺らす。


「そうだ。愛情だ。

お客さんに美味しいものを食べてもらいたいという気持ち。

それが一番大切な調味料だ」


その日から、俺のフランクフルト修行が始まった。

思えば、俺は何をするにも適当だった。

真面目になれない、それはきっと傷つくのが怖いからだろう。

でもボスの言葉が不思議と響いたのは、青春の隠し味。


翌日、俺は朝早く海の家に来ていた。

誰もいない厨房で、一人フランクフルトと向き合う。

「よし、今日こそは・・・・・・」

網を温め、ソーセージを置く。

じゅうじゅうと音を立てて油が滴り落ちる。

「火は中火で・・・回すタイミングは・・・」

店長に教わった通りにやってみる。

しかし、またしても焦がしてしまった。

「くそ!」

「おはよう、勇太くん」

振り返ると、マコちゃんが立っていた。

「あ、おはよう―――すみません、勝手に・・・」

てっきりまた舌打ち交じりに言われるかと思ったら、

違った。

「いいのよ。頑張ってるのね」

望月さんが微笑む。

その笑顔を見て、俺は決意を新たにした。


「マコちゃん、俺、絶対美味しいフランクフルトを、

焼けるようになります!」

「期待してるわ」


そして三日目。

俺はついに悟った。

フランクフルトを焼くことは、人生そのものだということを(?)


火は人生の試練。ソーセージは俺自身。

そして網は、俺を支えてくれる仲間達。

ボスの愛のある叱咤激励が俺をスペシャルなヴァージョンにする。

それはシュレーディンガーの焼き理論(?)

焼きの過程において、食材は完璧に焼けた状態と、

焼き不足・焼きすぎの状態の重ね合わせ状態にある。

観測者(食べる人)が蓋を開けた瞬間、状態が確定する。


「よし・・・」


深呼吸をして、ソーセージを網に置く。

今度は違う。俺の心に迷いはない。

じゅう・・・じゅう・・・。

美しい音が響く。いつのまにか、そう感じるようになった。

慣れた作業だが、神経を研ぎ澄ませる。

そしてソーセージが艶やかに色づいていく。


「いい感じだ・・・」


適切なタイミングで回す。また回す。

完璧な焼き色が全面に付いた時、俺は知った。

これが、焼きの真髄だということを。

外皮はパリッと香ばしく、

内部はジューシーな仕上がりになっているはず。

完璧だ、会得した、修得した。

「ボス! 見て下さいおいどんのフランクフルトを!」


何故か、一発思い切りゴンと後頭部殴られた。

やだなあ、シモネタじゃないのに(?)


「おお・・・・・・」

ボスの眼が見開かれる。

その手に持ったフランクフルトは、まさに芸術品だった。

「お前―――やったな、コツを掴んだんだな」

「はい!」

この日から、俺はフランクフルト調理の時には、

フランクフルト・フロントマンと呼ばれるようになった。

意味はさっぱりわからないが、俺はちょっと自分を越えられた気がした。


それから一週間後。

俺はフランクフルトの次のステップ、

焼きとうもろこしに挑戦していた。

「とうもろこしは、フランクフルトとは全く違う」

ボスの厳しい声。

「水分量が違う。焼き時間も違う。

そして何より、とうもろこしには魂がある」

「魂・・・?」

「そうだ。一粒一粒に、大地の恵みが詰まっている。

それを理解しなければ、本当に美味しい焼きとうもろこしは作れない」


そして俺は夜な夜な、とうもろこしと向き合った。

とうもろこしを抱いて眠り、朝起きればとうもろこしにキスをした。

(*彼はいたって真面目です)

一粒一粒の声に耳を傾けた。

細胞が、翳りに変わり熟れてゆくのを見つめた。

そして、焼いた、練習した、失敗に失敗を重ねた。

それでも、ついにその日が来た。

「これが・・・完璧な焼きとうもろこし・・・」

ボスも言葉を失う美しさ。

黄金に輝く粒、香ばしい匂い、

そして大地の恵みが口いっぱいに広がる味。

「勇太よ...お前はついに...」

ボスの眼に涙が光る。

「焼きとうもろこしマスターになったのだ」


その時、俺は悟った。

焼きとうもろこしは世界を救う。

何故なら、人は美味しいものを食べた時、必ず笑顔になるから。

その笑顔が、また誰かを幸せにする。

幸せの連鎖が、いつか世界を平和にする。


「ありがとうございます、ボス」

「いや、礼を言うのは俺の方だ。

お前が教えてくれたんだ。焼きの真の意味を・・・!」


  *


その後、キッチンでの調理作業が始まった。

包丁で野菜を刻む音、油の跳ねる音、調味料の混ざり合う香り。

接客では、お客さんの笑顔とありがとうの言葉。

ロッカーのレンタルでは鍵の受け渡し、

温水シャワーの案内では清潔なタオルの準備。

この五分間二百円という料金設定の背景にある経営の苦労を、

ボスや望月さんから教えられた。

ボイラーの燃料費、水道代、設備のメンテナンス費用を考えると、

決して高い料金設定ではない。

お客さんには快適に利用してもらいながら、

コストも抑えなければならない。


そして勇太の『焼きのきわめつくし』という謎の修行。

彼は汗だくになりながら、

まるで武道の鍛錬のように真剣に焼き物と向き合っていた。

彼が焼鳥の串を回転させる手つきは、

まるで熟練の職人のようで、火加減の調整も絶妙だった。

ボスはどうやら、

勇太にスペシャリストとしての道を期待しているらしい。

ただし、客が女性だと途端に集中力が散漫になるという、

致命的な欠点があった。

そういうところだよ、SONY(?)


そして何故か俺はといえば、

「お前は俺のことをお父さんと呼んでもいい」

という謎のボスの許可も含め、一通りの仕事を教えてもらい、

初日は幕を閉じた。


バイトして一日だったけど、色々と思うところはあった。

醤油ラーメンと思いきや魚介系の深い味わいであることや、

冷やし中華に、何故かタイカレーというメニューがあることなど、

色々な抱負があった(?)

このあたりはボスのお客さんに飽きられない工夫、

という経営哲学の表れだった。

あと、焼きとうもころしは世界を救う、という謎の標語がある。

これは店長の口癖で、彼なりの人生哲学が込められているようだった。

シンプルな料理ほど奥が深く、

お客さんに喜んでもらえるという意味なのかも知れない。

お客さんには電気代対策でエアコンはなく、

扇風機の風が汗ばんだ肌を撫でていく。

しかし、熱中症対策として、

エアコンががんがんに効いた採算度外視の部屋が用意され、

何人かのお客が利用していた。

この辺りの気遣いも、ボスの人柄を表していた。

オーバーな言い方かも知れないけど、汗だらだらになって調理し、

気失いそうな気持ちで砂浜歩いたら誰だって本当に分かる、

何というかそれだけでこの人と、

この夏一緒に働いていけるなとちょっと感動した。

もちろん、そこにボスや、勇太や、

望月さんが運び込まれたこともある。

二十世紀の遺産のような古いアイスケースが、

キィキィと音を立て、

まるで古い機械が息をしているようだ。

それから山口百恵のポスターが壁に色褪せて貼られている。

これは前の店長の時代から貼られているもので、

常連客の中には、

「百恵ちゃんのポスター、まだあるのね」

と懐かしがる人もいるという。

そういう時代を感じさせる品々が、

この海の家独特の雰囲気を醸し出していた。


気がつくと、陰キャでモブな自分が自然に笑っていた。

まるで海外旅行から帰ってきた時のような、

不思議な変貌を遂げた感覚。

それは成長の兆しなのかもしれない。

夕陽が海に沈む頃、初日の仕事を終えた自分は、

何か大切なものを手に入れたような満足感に包まれていた。


  *


📸 Instagram Story - PM 6:00

画像:夕焼けの海

caption: 1日目終了〜!

新人くんお疲れさま🌅明日もよろしく!

#夕焼け #初日終了


「巧くん、今日はお疲れさま!」

「お疲れさまでした。ありがとうございました」

「どうだった? きつくなかった?」


とはいいつつ、巧くんはすごく真面目で、器用だ。

まだ素直に、きつかった、しんどかったなんて、

言ってくれないかも知れない。


「思ってたより―――楽しかったです」

「良かった〜。明日もよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

最後まで礼儀正しい。

でも最初より表情が柔らかくなった気がする。

巧くんって、見た目は気弱そうだけど、

どうしてどうして、一生懸命さが伝わってくる。

最近のバイトって適当な子多いけど、この子は違う。

勇太みたいにチャラくないし、変な下心もなさそう。

安心して一緒に働けそう。

でも・・・・・・なんかちょっと心配になっちゃう。

大丈夫かな、この先。海の家って結構ハードだから。

まあ、私がフォローしてあげればいいか。先輩として。

明日はもうちょっと話してみよう。

巧くんのこと、もっと知りたいかも。


・真面目で一生懸命

・礼儀正しい

・ちょっと人見知りだけど悪い子じゃない

・意外と表情豊か

・頑張り屋さん

・なんか放っておけない感じ

・清潔感がある

・素直

・向上心がある


総合評価:👍👍👍👍☆ (4/5)

明日も楽しみ♪


  *


📷ミサキの写真日記:砂浜での出会いパート2

[写真:夕方の海の家]


今日の夕方、また海の家に行ってみた。

行くしかないっしょや、アヒージョ(*´Д`)

マコちゃんとタクくんの様子が気になって気になって、

昼ご飯三杯おかわりしていた、

ドスコイ( `ー´)ノ


そしたら、朝とは全然違ってた!

タクくん、もうすっかり溶け込んでる。

お客さんに「ありがとうございました」って自然に言えてるし、

マコちゃんとも普通に会話してる。

マコちゃんも手塩にかけた愛弟子の成長が嬉しそう。

すごく器用な子なんだね、テクニシャン(*'ω'*)


でもね、マコちゃん、あなた駄目よ駄目よダメダメよ、

あの子のことを見守る時の表情、

完全にお母さんのそれ(´∀`)ノ


勇太くんは相変わらず騒がしいけど、

なんか焼き物を真剣に極めてるらしい。

店長からフランクフルトやらせてるって聞いてたけどね。

あいつは馬鹿だから、

漫画脳的アプローチが必要って言ってたけどね。

それ、修行? それって、修行、

メーキョーシスイ\(-o-)/

「焼きとうもろこしは世界を救う」とか叫んでた。

「世界の中心で焼きとうもろこしを叫ぶ」とか、叫んでいた。

よくわからないけど、すごく楽しそう。


それにしても、ニューフェイスなのに、

店長はタクくんのことを息子みたいに見てるらしい。

「お前は俺のことをお父さんと呼んでもいい」

って言ってるの聞こえた。

タクくんの顔、真っ青になってたけど、ケッサク(´艸`)


でも一番印象的だったのは、タクくんの笑顔。

朝はあんなに緊張してたのに、夕方にはもう自然に笑ってる。

人って、一日でこんなに変われるんだなあ、

若いっていいなー、若いって宝だなー、

ドヤネン( `ー´)ノ


きっと、いい仲間に恵まれたからだよね。

今度は昼間に行ってみよう。

みんなの働いてる姿、もっと見てみたいな。

あ、それにマコちゃんがタクくんを見る目、

だんだん特別になってきてる気がする。

ハートマークなの、もうクラッときちゃってるの、

あの子、お母さん亡くなってから大人びちゃってたし、

妹の舞ちゃんもいるもんね、

そーかそーか、真面目で頼れるダーリンを、

手塩にかける紫の上男性ヴァージョン、

(*それは違います)

これは―――期待できるかも、

明日も行くっきゃナイト(´艸`)*

​​​​

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