第16話
『コーダ』に行く回数が増えてから、まちは何だか、やつれたような気がする。寝る間も惜しんで、絵に魂を注ぎ込んでいるせいだろうか。それとも単に、私の見間違いだろうか。授業中に寝ていることも増えて、よく先生に起こされている。もともと無口だったのにますます口数が少なくなって、何か悩んでいるようだった。
「最近、行き詰まってるの?」
絵のことだろうと見当をつけて、私は昼休みに彼に訊く。
「そういうことになるのかな」
自分のことなのに、上の空の表情で、他人事に意見するようにまちは言った。何かを持て余しているみたいだった。
「もしかして、誰かに恋したとか?」
だとしたら青天の霹靂だ、と私は思う。
まちは白い顔をかげらせたまま、「やっぱり、恋なのかな」と、手の甲で目の辺りを覆って苦笑いした。
いつのまに始めていたのかしらないが、その恋はまちを精神の袋小路に追い詰めているようだった。 「相手は誰」なのかと、いちばん重要な質問をしてみたかったけれど、沈んでいる様子のまちに、訊けるはずもなかった。 「好きだったことが、バレたんだ」
やがて、休憩時間終了のチャイムが鳴るぎりぎりに、まちは独り言のように付け足した。
「ずっとないしょにしておきたかったのに」
それがいかに気まずいことか、経験のない私でも分かる。片思いしていることを、打ち明ける前に悟られてしまったら、相手に主導権をゆずるしかなくなる。
「これから、どうするつもり?」
私は、答えを期待しないで尋ねる。彼の恋が誰にあてたものなのか、相手とどうなることを望んでいるのか、知りたいけれど、知るのはもう少し先でいい気がした。あくまで想像だけど、まちは、肉体の関係を重視した恋より、プラトニックな関係を好みそうだ。
「どうもしたくないけど、そうはいかないだろうな」
まちは目を伏せて、自分の爪の先についた、青い絵の具の跡を見た。
「秋さんならどうする、好きな人にしっぽを掴まれちゃったとき」
私の想像力は、要請されて出動したものの、次なる作業が分からなくて往生している。
「うーん……」
最後に恋したのなんて、小学校低学年のころだから、相手を想定するところから苦心した。小学生の恋なら、いくら大胆でもキスがゴールだろうから微笑ましいが、私たちの年齢なら、行き着くところはもっときわどい行為になる。簡単に、「相手にゆだねる」なんて決断はできない。いくら、愛しているからといっても。
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