第14話 まち
青い色をまちだと意識するようになってから、青いものが、周囲の景色から浮いて見えるようになってしまった。特別、まちのことを愛しているというわけではない。私は、彼と親しくなりたいとは思っていたけれど、恋しているわけでは決してなかった。
「ねぇ。まちの名前って、不思議だよね。誰がつけてくれたの」
出会ったときからずっと、一度尋ねたいと思っていたことだ。
まちは、爪を切り終えて、一瞬きょとんとしていたが、「あぁ」と顎を動かして微笑した。 「亡くなった祖父がつけたんだ。なぜこんな名前にしたのかは分からないけど。ひらがなで『まち』なんて、ちょっと変わってるだろ」
確かに変わっているけれど、「まち」というのはひらがなであるがゆえに、無限大の可能性を持った名前だと、私は思っている。
「まち」は、「町」であり「街」であり、「襠」であり「待ち」なのだ。 そんなことを口にしたら、まちは驚いた顔をした。
「詩人だね、秋さん」 彼は自分の名の意味など、考えたこともなかったようだ。 数秒の間を置いて、まちはつぶやく。
「だけど僕の名前は、『間違い』の『まち』なんだ。きっと」
寂しそうな顔をしていた。彼が胸の内に何を隠して「間違い」と呼んでいるか、私には分からなかった。
夏の大きなコンクールに向けて、まちは新しい絵を描き始めた。私も、高校生活最後の年だから、毎日全力を傾けて準備している。夏休みが終われば三年生は自由参加になるから、美術部でいられるのもあと少しだ。
同じ部屋にいても、まちに声をかけるのははばかられた。いつもより真剣な表情をしている彼は、分からない人が見ればどれも同じに見えるような数種類の青を、慎重な筆遣いでキャンバスに塗り重ねていた。また青ばかり使うから、この間買い足したところなのに、チューブはもうカラになりかけている。もっとたくさん買っておけばいいのに、と一度言ったら、まちは、「先のことは分からないんだから、その都度買うのがいいんだ」と答えた。
まちが今描いているのは、秋葉原の街だった。よく行くのか、電気街の喧噪を、キャンバスの上に再現している。ただ、本当なら色彩に溢れているはずの街が、青系統の色だけで塗られているところが、実際の景色と違っていた。
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