第12話 画材屋
簡単なイラストから、本格的な油絵まで、あらゆる種類の絵を描くのが好きな私にとって、ここは人工の天国みたいなものだった。絵筆や定規、画用紙など、道具を見ているだけでわくわくする。まだ誰にも使われてないということは、これからどんな絵を描くこともできるという、可能性をたくさん持っているということだ。
店内は雑然としていて、祖父の店に少し似ていた。うちは本だけど、ここには、芸術家の手の中だけで本領発揮する魔法の道具が集められて、つかの間の暇にくつろいでいる。
ときどき、とんでもなく古い型のものや、あまり見かけない輸入品を発見したりして、そのたびに胸が弾んだ。
まちはというと、一階の絵の具コーナーで、何種類もの青い絵の具の中から、自分にふさわしい音階のブルーを厳選していた。彼にとって青い色は、血液みたいなものだ。獲物を探すバンパイアのように真剣な目で、どれも同じように見える青い絵の具をひとつずつ確認している。彼の絵の原材料となるものだから、何を描くつもりなのか考えながらながめるのも楽しい。
まちは、商品を選び終えると、無表情な店主のところへ行って、何か話していた。椅子に腰掛け、カウンターに肘をついて、ずいぶん親しそうだ。どんな話をしているのかは聞こえないが、まちが笑っているのが分かる。
私は、彼らの声をBGMのように聞き流しながら、ぎしぎし軋む二階のフロアを歩いた。壁にはいくつも額縁がかけられていて、サンプルとして入っている絵がまた、何とも言えず美しい。海外の有名な画家から、国内の路上アーティストまで、海を描いた絵のレプリカばかり集められている。
「RYUICHIROU」と、直筆サインが入ったものだけは、本物のようだ。曇天の下に広がる深い濃紺の海が、画面のずっと奥まで波打っていた。
この店はどことなく、まちに似ているような気がする。店内には青い色が溢れていて、他の色より圧倒的に目立っていた。店主の品岡さんもきっと、青が好きなのだろう。コーダがまちの行きつけの店になったのは、必然だったのかもしれない。 まちと店主の話は長いので、私は、会計をすませて、先に帰らせてもらった。一瞬目を合わせた店主は、相変わらず何を考えているのか読みとれない瞳をしていたが、整ったその顔に、微笑が浮かんでいた。
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