第11話 コーダ

「秋さん。今日、暇だったら、絵の具買いに行くのに、つきあってくれない?」 「うん。『コーダ』でしょ?」

 まちには、行きつけの画材屋がある。私は最初、べつの店で買っていたが、彼に誘われて以降、そちらの店に乗り換えていた。

 値段が安いわけでも、品ぞろえが特別いいわけでもなく、むしろ、前の店より不便なところもあるのだが、アンティークな雰囲気が、時間と現実を忘れさせてくれるのだった。それは、時には今の自分を離れて物思いに耽りたい私にとっては、最高に魅力的な点だった。

 控えめに誘われた放課後、部活を終えてから、私は久しぶりに、まちとともに画材屋に足を運ぶ。

 美術部員のほとんどは、学校近くの安くて親切な店を利用しているため、この店で知り合いに会うことはめったにない。

 コーダの空気は、いつもぼんやりとほこりっぽくて、アクリル絵の具の匂いが、お香のように淡く漂っていた。建物は二階建てで、裏側には店主の私宅がある。店を営んでいるのは、とがった顎の三十台前半の男性で、他にアルバイトの店員などは一人もいなかった。店主は、名札によると「品岡」という名字で、名前のほうは、レシートにも印字されていないので分からない。

 彼は、気怠そうな姿勢で椅子に腰掛けている。小さなラジオで音楽やローカルニュースを聴きながら、客が商品を選んで持ってくるのを待っている。ぱらぱらめくっている本は、よく見ると、自作のスクラップブックだった。何かの雑誌や新聞から切り抜いたらしい記事が、ぴっちりと角をそろえて並べられている。糊による波打ちもいっさいなく、まっすぐに貼られているところを見ると、けっこう神経質な性格なのかもしれない。

 店の入り口には木製の大きなキャンバスが立てかけられていて、そのおかげで、彼のいるスペースは陰になっている。特徴的な顔ではないが、冷たそうな雰囲気を纏っていて、陰気な感じの店長だった。

「じゃあ私、二階見てくるから」

 私とまちは、店に入ると、思いおもいに商品を探すためにいったん別れる。

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