第10話 家庭科

 まちは、どんなこともそつなくこなしたけれど、唯一、料理だけは苦手のようだった。

 家庭科は男子も女子もいっしょに受けるので、最近では、女子より包丁さばきのうまい男子、というのもわりと見られる。手先の器用な少年も数人いて、少女たちを感嘆させていた。

 まちも、裁縫は得意なようで、細かな縫い目が水平線みたいにまっすぐ並んでいる作品をいくつも作っていたが、調理実習のときは別人のように、徹底的に不器用だった。

 卵を割ろうとしたら、必ず殻までいっしょにボウルに入れてしまう。包丁はぎこちなくカタカタやるだけで、いびつな形の具が、刃にペタペタ張り付いている。コンロに火をつけるのも苦手のようで、何度もガチャガチャやっていた。まちのきれいな細い手がかき混ぜる菜箸の先ではいつも、何かがずれているようなものが作られている。

 みんな、それが分かっているのに、なぜかだいじなところをまちにやらせようとした。

「僕がやると失敗するから」

 まちが遠慮して首を振っても、強引に道具を握らせたがる。

 いじめたいのではなくて、ただその不思議な光景が楽しくてたまらないのだ。何をやらせても器用にやってのけてしまいそうなまちの手が、妙な動きばかりする。呪いでもかけられているようで、おもしろい。

 誰も言葉にして指摘したりしなかったが、意図的には作りようのない、不完全な状態の美がそこにあった。私たちは芸術評論家ではなかったので、いちいち細かく説明しあったりはしなかったけれど、おそらく同じ感情を共有していたに違いない。  まちは、自分を見守る視線に戸惑い、困惑の表情を浮かべていたが、それでもちゃんと、与えられた役割をこなした。しくじった部分は、器用な子がささっと手を加えて、うまくごまかした。

 その鮮やかさに、まちが目を大きくして驚いているのがまた、私たちにとってはおかしかった。

 彼がどんな家庭に育ったかは知らないけれど、料理をせずとも生きてこられたということは、作ってくれる誰かがいるということだ。参観日に父兄が姿を見せたことはなく、聞いたところでは、三者面談にも来ないそうだが、まちのそばにはちゃんと誰かがいるのだろう。まちのお母さんはきっときれいな人なんだろうな、と私は勝手に想像していた。

「秋さん。卵、割ってくれる?」

 一個目を割り損ねて、二個目を私に差し出すまちの、不安げな顔によく似ているのだろうか。

 私は、「いいよ」と引き受けたものの、考え事に傾きすぎて、ぐしゃりとやってしまった。

「何だ、戸塚もまち針といっしょじゃん」

 同じ班の男子が笑う。  私は不覚にも、こんなところで、まちといっしょにされてしまった。

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