第9話 直

 そのくらい、誰だってできると思われるかもしれない。

 けれど、実はそんなに簡単ではないのだ。私たちくらいの年齢だと、「できる」ことをみなの前で披露するのに照れが生まれてしまうのか、できることもできないふりをすることが多い。

 女子はみんな、可愛く幼く見せるため、難なく読めるような文でも、わざとゆっくり、つっかえながら読んでいた。当てられたら恥ずかしそうに「はい」と小声で答えて、つけ睫毛を伏せて教科書に目を落とす。

「だから僕は、な、な」

「なにもの、です」

「何者、にも心を許さなかったのです。な、な……」

「なまいき、です」

「生意気な、えっと……」

「おくびょうもの」

「臆病者の、な……」

「なれのはて」

 こんな具合に、音読は、教師との漫才のような掛け合いのうちに進んでいく。受験生なのに、と苛立っている者は、すでにそういう状況を無視して、独自の勉強を始めている。

 有名進学校なら、この時期の空気もまた違ったのだろうが、あいにく、私たちの高校は、ごく普通の公立高校だ。

 もちろん、わざとらしくつっかえながら読んでいる彼女だって、実際にあれらの字が読めないわけではない。本当はもうとっくに、志望校に向けた猛勉強をスタートさせているのだが、その成果を人に知られるのが照れくさいのだ。

 男子は、音読の声こそはっきりしていたが、「ガリ勉」と陰口を叩かれるのを恐れてか、不自然なほどに、分からないふりをした。

 本当にできないのならしかたないけれど、抜き打ちの小テストで赤点をとる者はいないので、やっぱりみんな演技しているのに違いない。思春期も終わりにさしかかったというのに、恥じらいの強い時期の複雑な心境が、最後の表出を見せているようで、おかしかった。

 この点において、まちは一人、先に大人になっていた。知性を身につけていて何が悪い、と純粋にいぶかっているようだった。  まちに関しては、普段から読書家だったし、博識をひけらかしたりもしないので、誰も陰口を叩いたりはしなかった。

 まちは、さされれば淡々とその部分を読み、難しい言葉も、すらっと口にする。

 彼の声は、高校三年生の男子にしては、高くて透き通っていて、秋の風のようだった。

 だからこそ誰も、彼を他の生徒と同じようにからかったりけなしたり、できなかったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る