第7話 浮いてる

 私とまちは、よく言葉を交わしたが、決して、異性としての交際には発展しなかった。話すのはほとんど絵に関することばかりで、ときどきいっしょに図書館へ行ったり、美術館や個展に足を運んだりしたものの、それをデートと呼ぶつもりはどちらにもなかった。

 美術部員は他にもいたが、新しく入ってきたのも女子ばかりで、下級生たちは、まちを遠巻きにちらちら見ているだけだった。まちがあまりにきれいだから、言葉を交わすのが怖かったのかもしれない。私も、たまたま同じクラスになったというきっかけを与えられていなければ、彼女たちと同じようになっていただろう。

 私自身も、他の部員とはあまり口をきいていない。美術部の活動が、最低限の会話しかしなくても続けられるものだったおかげもあるが、それ以前に、彼女たちとの共通の話題がなかった。クラスにいても部室にいても、私には、感覚の合う相手がいない。まちを除いては。

 同性の友達がいないなどと嘆いて、さらにその上、異性の友人はいると続けると、「サバサバした部分」を強調しているようで、反感を買う。けれど私は、そのテの器用な女子とは違って、コミュニケーションをとるのが下手だから孤独なのだ。決して、男勝りで女子の空気にとけ込めないから女友達がいないのではない。異性の友達だって、まち以外にはいない。クラスでは、無口で地味な、空気の一部だと思われている。

 陰口を叩かれたこともあり、もっともだと思ったのだが、私は、クラスでも美術部でも、周囲からぼんやりと浮いていた。そこだけ色が違う、という感じだろうか。  まちもやはりどことなく浮いていたが、彼の場合は、「浮く」というより「浅く沈んでいる」といったほうが、しっくりくる気がする。おとなしいし、世間離れしているところもあるけれど、悪目立ちすることはまるでない。まちは、ときどき手を伸ばして存在を確認しなければ、猫のようにすっといなくなってしまいそうな危うい少年だった。漠然と不安を感じるのはみんな同じなのか、誰もがまちを気にかけていた。

 彼が欠席していたら、気づいた誰かが、なぜか私に訊く。

「戸塚さん。まち針のやつ、今日は何で来てないの?」

 尋ねられても、私にも分からなかった。

 まちは、現代人には珍しく、ケータイやスマホを持っていなかったのだ。何かの宗教の信徒のように、便利すぎるもののすべてをかたくなに拒んでいた。家の電話番号も教えてもらったことがなかったので、私は、彼の欠席の理由すら、「知らない」と首を振るしかない。一応、友達のつもりでいるのに。

 まちの欠席はたいてい、何日も続かず、翌日にはちゃんと学校へ来た。少し熱っぽい顔をしていることもあったけれど、体調が悪いわけではないと、彼は首を振った。どうして休んでいたのかは教えてくれなかったし、あまり詮索するのも悪い気がしたから、私はそれ以上訊かなかった。みんなも、何となく尋ねにくいのか、まちに嫌われたくないのか、彼が自分からしゃべりたがらないことについては、突っ込んで知りたがらなかった。

 私は今、偶然にもまた、まちの隣の席に座っている。縁があったのか、三年間同じクラスだ。教室の真ん中辺りで、二十センチほど間をあけて、机を並べている。  すぐそばでまちを観察するのは、なかなか楽しかった。毎晩遅くまで何かしているのか、まちはしょっちゅう、うとうとと船を漕いでいるのだ。ライトグリーンのシャーペンを握ったままで、授業から意識を離脱させている。ノートをとる姿勢ではあるが、じっとしていられるわけがなくて、ペン先がふにゃふにゃ動いて渦を描き始める。近くにいると、彼が居眠りし始めたのがすぐに分かってしまった。

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