第6話 左利き
それが自分の運命だ、と言っているようだった。誰からも好かれて、気にかけられているまちなのに、「友情」なんて形もないもののことで悩んでいる。
「どうして?」
私は、その思いこみの理由が知りたくなった。
「本当のことをぜんぶ分かち合うなんて、できないから」
まちは、『友情』をぱらぱらめくっていた。
答えを探しているみたいに見えた。彼の言う「本当のこと」が何なのか、私には分からない。ただ、彼が何か途方もない秘密を、細い身体の内に隠しているのは、間違いなさそうだった。
「ぜんぶを分かり合えなくたって、少し共有できたら、友達にはなれるんじゃないかな」
実際、私も、すべてを理解し合った友人なんて、いたことがない。他の人もきっと、そうだろうと思う。自分を構成するパーツの中の、だいじなのをいくつか見せられるから、友人でいられるのだ。それ未満の淡いつながりだって、学校生活を充実させるためには欠かせなかったりする。
完璧を求めてしまっているまちは、もしかしたら、私が思うよりも幼いのかもしれなかった。あるいは、夢見がちというべきかもしれないが。 まちは、困惑に似た微笑を浮かべたまま、黙っていた。 「秋さんは、そう思う?」 少しの間を置いて、彼は私を疑う。 私は、無言でうなずいた。自分の経験を信じるなら、さっき口にしたことは間違いではないはずだ。
「たとえば」
まちは、自分を落ち着かせようとするように、ランボーの詩集の上にヴェルレーヌの伝記を載せ、細い指で表紙の文字をなぞりながら続けた。
「僕のだいじなものの近くに君がいて、手を伸ばせば触れられそうだったとしても、僕のために、触れずにいてくれる?」
分かりづらい話だ。まちが本当は何を言いたいのか、私には分からなかった。 けれど、彼のだいじなものを奪う理由などあるはずもないので、私は首を縦に振る。 「ありがとう」
実際にそういう状況を経験したわけではないのに、まちは頬を緩める。 「それが友情なんだと思うよ」 確かに、だいじなものを取り合ったりしたら、友情には亀裂が入ってしまうだろう。周囲でも、彼氏に手を出したとか出さないとかで、大親友だった二人の間にひびが入ったのを目の当たりにしたことがあった。 私とまちは、この先もそういう修羅場は経験しなさそうだし、どちらかが大きな賞をとったとしても、素直に称えられると思う。
「私たちは、友達になれないかな」 気づけば、大胆な言葉が口をついて出ていた。
「ん?」
まちは、猫のように目を大きく見開いている。意外だったのだろう。 「友達に、なれたらいいな」
出会ってから二年以上が経っているのに、私は今ごろ、彼に口頭で「友達申請」をした。ネット上でなら、ボタン一つでできて、それほど重く受け止めなくても「承認」して友達になれるのだが、あいにく、お互い、アナログな接触のほうを重視している。
「そうだな。秋さんとなら」
まちは少し考えてから、冷たくて骨っぽい手で私の手をとった。左手だった。 知り合って三年の目の春になって、ようやく、私は彼が左利きだったことに気づいた。いちばん近くで見ているつもりでも、見落としていることなんて、星の数ほどあるのかもしれなかった。
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