第4話 人形
白夜の空や北国の夜の海、研ぎ澄まされて透き通ってしまいそうな、細いナイフ。そういったものの、繊細で深い青さが、あの詩人にもまちにも、共通して宿っているのかもしれない。
まちは、自分では詩を作らなかったが、そのぶん、絵をたくさん描いた。
美術部で唯一の男子部員であることも、それほど気にはならないみたいで、女子ばかりの部屋に違和感なくとけ込んでいる。まるで指定席にしているかのように、彼はいつも、私の隣にキャンバスを立てた。入部したときから、変わらず描き続けているのは、どこからか溢れてくる波に似た青い絵だ。
キャンバスやスケッチブックの上の世界も美しかったけれど、私は、それを作り上げていくまちの姿を見ているほうが、もっと楽しかった。窓から射し込む夕暮れの陽を浴びて、砂色の髪はきらきら輝く。真剣そのものの瞳で、焼き焦がさんばかりに筆先を追う彼は、たびたび私の集中力を奪った。
まちは、高校生の男子にしては小柄で、百六十センチもない。しかも少し猫背ぎみだったので、ますます小さく華奢に見えた。
向かい合うと、百五十三センチの私でも、無理せず目を合わせることができる。 彼の肌は杏仁豆腐のように白くて、近くで見てもアラが見当たらないくらい、つるんとしていた。ニキビができやすい私は、自分の顔が恥ずかしくなる。まちは、「薄い」のではなく「淡い」顔立ちをしていて、ときどきかけるブルーのプラスチックフレームの眼鏡がよく似合った。
まちは、もしかしたら、人形なのかもしれない。美術部の部室で、教室で、音楽室で、私は何度も、ばかばかしい考えにとらわれた。一見人間のように見える彼は、人形師が魂を分けて完成させた芸術品で、本当なら自分の意志では動けないはずなのに、「絵を描きたい」という執念に命を吹き込まれて、息をしているのではないか、などと。
まちは、クラスメイトであり、同じ部に所属している者としての、あたりまえの生活感を、少しも匂わせてはくれなかった。あくまで、何を考えているのか分からない、不思議な人形のような少年だった。
約二年間、同じ空気を吸って過ごしても、その第一印象は変わらないままで、まちはやっぱり何か、人智を越えた奇妙な力で動いているように見えたのだ。
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