34 告白-1-
広い庭の一角にあるそこは、山小屋を思わせるような、カントリー風の建物だった。
それでも、ちょっと違和感を感じるのは、カントリー風の建物にしては、高さがあるせいだ。
私の不思議そうな視線に気づいたのか、
「ここは、響哉が鳩を飼っていたところ」
と、先生が教えてくれた。
鳩のための小屋にしては立派過ぎません? というのは野暮なので止めておく。
母親の名前すら知らない少年のささやかな趣味。
そのために、彼の祖父がお金を惜しむとは思えなかった。
「本当にいいよ。
真朝ちゃんは付き合わなくて」
先生が私を見て、穏やかに笑う。
「見届けないと、納得いかないわ」
「それはそれは、殊勝な心がけだね。
――犯罪者と会話を交わすなんてあまり、愉快なことはないと思うけど――」
幾度も私を止めようとする先生を押し切って、私も小屋の中へと足を踏み入れた。
可愛らしい外装とは異なり、家の中はがらんとしていた。
それでも、シンプルに、鳥の世話に必要なものだけが揃っていて、鳩さえくれば今すぐにでも世話が出来るような気がする。
うっすらと、鳥の匂いも残っていた。
――染み付いていると言ったほうがいいのかもしれない。
その部屋の真ん中。
木製の椅子に括りつけられる形で、オダが座っていた。
「――あれ?
こういう時は、須藤さんがやってきてくれるんじゃないの?」
私たちの姿を見た途端、ジーンズに白いシャツというシンプルな姿の青年は、強引に陽気な声を絞り出す。
でも、その顔は疲れ果てていた。
「須藤は仕事。
そのくらいのスケジュール、知らないわけじゃないだろう?」
先生は微笑を浮かべて、ゆっくりと歩き出す。
細身の男は、縛られて俯いたまま、ずずと鼻を啜った。
それから、顔をあげて得意げに捲くし立てる。
「知ってますよ。
須藤さんのことなら、学生時代の自主制作映画から、最新作まで全て見てますし――」
「その上、ストーカーよろしく彼女のことまで調べ上げた、と?」
「ええ。
その後ろの彼女が、二階堂さんと彼の子供だと言う事も」
ひゅう、と、先生が口笛を吹く。
「たいした情報力だな」
一見賞賛しているように聞こえるその言葉は、実は皮肉に満ちているけれども、もちろんほぼ初対面と言っていいオダにそんなことが分かるはずもない。
「ストイックなまでに、ハリウッドでの活躍を邁進していくあの姿に、感銘を覚えたんですっ」
熱狂的なファンであることを微塵も隠さない、熱い口調。
「彼ほどの人であるなら、日本である程度成功して名前を挙げてから海外進出するほうがよっぽど楽なのに、あえて険しい道を選ぶところも、素敵ですっ」
その瞳は微熱があるかのように熱っぽく、語る声は恋に恋する年頃の少女のようにとろりとした湿っぽさを帯びていた。
――ただ。
彼のその言葉を聞いただけでも、「須藤 響哉」の何も知らないことは良く分かった。
彼は『家』の都合上、日本で俳優になるほうがずっと難しいのだから。
オダほどの熱狂的信者でさえ、キョーヤ・スドーが何者なのか掴みきるのは難しいということなのだ。
須藤家の
「そんなに好きなら、どうして片っ端から迷惑ばかりかけるんだ?
まさかその年で、好きな女の子のスカートを捲って、本当に気が惹けると思い込んでいるわけじゃないだろうに」
先生は、煙草に火をつけて、ため息とともに紫煙を吐き出した。
そんなに意味のある言葉とは思えなかったけれど、オダの白い頬に途端に朱がさした。
「ぼ……僕は別に、そういう意味で須藤さんのことを好きだと言ってるわけではありませんっ」
一際、攻撃的にそう捲くし立てる。
先生は、ゆっくりと瞳を眇めた。
「別に、どういう意味でも構いはしないさ。
ただ、自分の想いを昇華したいがために、他人に迷惑をかけるのはとんでもない話だろ?
例えば、――須藤の車をつけまわしてみたり、そこの著名な監督を巻き込んでみたり――。
お前の行為が、日本のマスコミの品位を下げることになりかねない」
いつの間にか、ロッキングチェアに座ってパイプをふかしているリチャードソン監督に一瞬視線を向けてから、先生が言う。
「だって、僕は、折角だから須藤さんにアカデミー賞を獲って欲しくて。
そんなときに、リチャードソン監督がキョーヤ・スドーの出演を望んでいるのに、なかなか事務所側との交渉が進まないと悩んでいる情報を手に入れて――。
これこそ、僕の仕事だと思ったんだ」
「――だから、暴力的な方法で彼女に接触を?」
ふん、と。
呆れたように先生が言う。
ぐしゃりと、雨に濡れた野良犬のようにオダは項垂(うなだ)れる。
「どれほど調べたって、彼の弱点なんて全然見つからなくて――。
唯一、アキレス腱になりそうな娘さんに接触しようにも、完璧に守られていて隙が無い。
そんなときに、あの駐車場で抱き合っている二人を見て、これだって思った。
彼女を手に入れれば、須藤さんだって、きっと、僕に会ってくれる」
そうでしょう、ねぇ? と。
オダは瞳をぎらつかせた。
実際、オダの目は気持ち悪いほど血走っていて、私はあまり近づくことが出来なかった。
一人、入り口の壁に縋ったまま固唾を呑んで成り行きを見守る。
「結局、お前が須藤に逢いたいだけだろ?」
先生は、短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けながら、ため息をつく。
「――それの何が悪いっ。
だいたい、アンタ、さっきから須藤、須藤って連呼しているけど、須藤 響哉の何なんだ?」
先生は、その質問を待っていましたといわんばかりに相好を崩した。
「一言で関係を表すのは難しいけれど――。
そうだな、強いて言うなら親友以上」
だよね? と、私に視線を飛ばして聞いてくる。
――まぁ、仲の良い親戚で影武者という存在は、きっと世に言う『親友以上』に該当すると思われるので、私は頷くほかない。
先生の言葉を、どう受け取ったのか。
紅潮していたオダの顔は、今度は見る見るうちに青ざめていった。
対照的に先生の紅い唇は、美しい弧を描いている。
「――だいたい、ここはどこなんだっ」
「ここ?
ああ、君には分からないよね。
ここは、須藤が昔、鳩を飼っていた場所さ。
どっちみち、お前には関係ないことだ」
先生が投げ捨てるようにそう言った途端、オダはうっとりと建物の中を眺め始めた。
その視線の気色悪さときたらっ。
嘗め回すような目つきに、私は眩暈を覚えて、ドン、と音を立てて座り込んでしまったほどだ。
それでもオダは、魅入られたように視線を逸らさない。
先生は、何事かを英語で監督に語りかけている。
OK.と、了承した後、監督はほぼ一方的に契約の打ち切りをオダに告げる。
オダは、それを理解したのかしてないのか、催眠術にでもかかったかのように、ただ一度、大きくこくりと頷いた。
「後はヘンリーに任せよう」
先生は腰を抜かした私を抱き上げながら、そっと耳元に囁いた。
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