30 Scramble-9-
【花宮 真朝side】
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あの暑い夏の日。
昼寝から目覚めたとき、キョー兄ちゃんはまだ隣で眠っていた。
私は手を伸ばしてそっとキョー兄ちゃんの頬に触れようとした、途端。
彼は慌てたように私の手を掴む。
『キョー兄ちゃん、起こしちゃった――?』
『ああ……。
マーサちゃんだったね。
寝付けない?』
彼は、手を伸ばしたのが私だと確認すると、いつもと同じ甘い笑顔でそう聞いてくる。
『ううん。
一度寝てから、起きたんだもん』
必死で言う私がおかしいのか、キョー兄ちゃんが、私の背中に手を回してくすりと笑った。
『でも、ママと寝るとき、マーサ向こうに居るの。
ねぇ、そっちにいっちゃダメ?』
私はキョー兄ちゃんの左側を指差した。
『マーサちゃんにはこっちに居て欲しいんだけどな』
『どうして?』
首を傾げる私に、キョー兄ちゃんは一瞬言い淀んだ後、声を潜めて耳打ちしてくれた。
『本当は、左手が利き手なんだ。
だから、いざという時のために空けているんだよ』
――もちろん、幼い私にその意味が分かるわけもない。
『いざ?』
首を傾げる私の頬を、キョー兄ちゃんはそっと撫でた。
『そう。
大事なマーサちゃんを守るために、いつも右側に居てもらってるの』
『マーサのこと、好きってこと?』
言っている意味が分からないので、私は都合よく話をまとめる。
『そうだよ』
幼い私はキョー兄ちゃんに躊躇いも無くキスをして、再び眠りに落ちた。
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今、普段の響哉さんを見ていても、左利きだなんてことはまるで分からない。
でも――。
だから、今でも私を右側に置くために、外車に乗っているのかしら。
さすがに、それは考えすぎ?。
その理論で行くと、佐伯先生は右利き――なんて、関係ないか。
「目が醒めた?」
ぼんやりしていたら、右側から、声がした。
「はい」
「丁度良かった。
もうすぐ、須藤邸に到着だ。
体調は?」
心配そうな声が響く。
私はかぶりを振った。
「大丈夫です」
「そう」
先生はひどく困った顔で私を見て、直後に、何かを諦めたように微笑を浮かべた。
「だったら、少しだけでも何か食べたほうがいい。
もし、響哉の母親である
なんとか乗り切って」
小さな声で、そう囁かれる。
――大変って、何が?
その質問をする前に、車は玄関の前へと横付けされた。
外からドアが開けられてびっくりする。
顔をあげたら、何食わぬ顔でそこにヘンリーさんが居た。
そうして、感じの良い笑顔を浮かべる。
「お待ちしておりました。
真朝様」
「見ての通り、彼女は疲れている。
出来たら、響様とのお目通しは明日にしてもらえない?」
運転席から降りた佐伯先生がそう切り出した。
「あら嫌だわ、頼太くん。
十数年ぶりに娘に逢うのに、どうして私が遠慮しなければいけないの?」
黒のロングドレスにも似たワンピースを着た女性が、優雅に玄関から出てきた。
シルエットで見る限り、細身で、長身で、長い髪にはウェーブがきいていた。
艶っぽく貫禄を帯びたやや低い声が印象的。
「それは――。
彼女は大変な目にあったばかりだからですよ、響様。
察しては頂けませんか?」
「まぁ、頼太くん。
須藤家の人間が一番してはいけないことよ、それは。
他人のことを考えていては、身動きが取れなくなってしまうもの。
真朝さん、久しぶりね。
こんなところに突っ立っていたら風邪を引いてしまうわよ。
ほら、早くおあがりなさい。夕食は?」
「まだ、ですけど――。
食欲が無いんです」
私は俯きがちでそう言いながらも、その女性について家にあがるほかなかった。
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