30 Scramble-8-

【須藤 響哉side】


仕上がり状態を全て確認して、修正が必要な部分を洗い出して、責任者に伝えた。


「お疲れ様でした」


車に乗り込んで瞳を閉じると、春花の声が耳に入ってきた。


「――どうして、過去形?」


瞳も開けずにそう聞いた。


今から、遅い夕食をとりながら、ヘアスタイルやメイク、衣装の打ち合わせのはず。


「社長、続きは私一人に任せませんか?」


珍しい発言に、俺は苦笑を漏らす。俺が関わらずとも出来ることなら、最初からスケジュールなんて組んでないだろうに。


「それは無理だ。

 いくらなんでも、当日の自分の姿を他人任せには出来ない」


「でも――」


「いいから早く車を出せ」



早く――。

予定通りに仕事が全て片付いたら、時刻は23時頃だろうか。


そうしたら、彼女の寝顔を見に行こう。



そう決めていた俺は、短い眠りに落ちた。


「社長。

 そろそろ」


春花の言葉に瞳を開く。

車はレストランに着くところだった。


鏡を覗いて髪を整える。


「本当にいいんですか?

 佐伯先輩からスケジュールを動かしてくれれば、自分が動くと電話があったんですが――」


ずきりと心臓に痛みが走る。


頼太がそこまで言うなんて、ただごとではない。



けれど――


「いい。

 これが終わったら俺が出向く。

 そう伝えておいてくれる?」


「じゃあ、せめて車を運転させてくれませんか?」


自分だって毎日忙しくて疲れているだろうに、春花は真剣な顔でそう切り出した。


「いや。

 君をあそこに連れて行く気はない。

 車を一台手配して」


「……なんか、凄い世界にいらっしゃるんですね。

 そもそも、影武者って何ですか?」


春花はため息をついて、小さな声でそう聞いた。


「時代劇の延長。

 そんな世界がこの日本の中にもあるってことさ。

 ま、冗談だと思ってくれればいい。気にすることはないし、他言も無用。

 バットマンだって、民衆に正体を知らせないまま頑張ってるんだから」


ぼんやりした頭で、よく分からないことを口走っていた。


そもそも俺は正義の味方でも何でもないと言うのに。


「――社長、大丈夫ですか?」


駐車場に車を止めて、春花が微かに不安そうな表情を浮かべる。


俺は答えずに車から降りた。


ジャケットを羽織って、「キョーヤ・スドウ」を演じることに集中する。


「当たり前だろう?

 ほら、行くぞ」


そう言った瞬間、自分でも不思議なほど、不遜で自信に満ちた男、「キョーヤ・スドウ」になりきることが出来た。


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