30 Scramble-7-

【佐伯 頼太side】


啓二くんの話を持ち出した途端、気の毒なほどにしょげてしまった真朝ちゃんは、なんとか気力を振り絞って気丈に電話を掛けた後、俺の与えた軽い精神安定剤を飲んで眠ってしまった。


いっそこのまま、響哉の所に走ってやろうか――。


そんな気の迷いが生じるほど、彼女は一途で、いじらしい。


だいたい。

自分が殺されかけた直後に、どうしてあんな安全圏に居る男のことを心配するのさ。



両親の葬儀で茫然自失だった彼女の姿を思い出す。



こんなことなら、と、思う。

響哉との約束なんて守らずに、真朝ちゃんの前でも「完璧な須藤響哉」を演じれば良かった。そうすれば、真朝ちゃんは俺のことを響哉だと信じ込んで、腕の中で泣いてくれたのに。それで、少なくとも今もうちに抱えているストレスは半減できたはずだ。


――駄目だ。


珍しく感傷的な気分にさせられた俺は、苦笑を浮かべて携帯電話を手に取った。


電話の相手は、響哉ではない。アイツの電話番号なんてほとんど日替わりで、付き合いきれるわけがない。


彼の有能な秘書、葛城春花。


「はい、葛城です」


「忙しいところ悪い。

 響哉、居る?」


「――ええ、かなり無理して仕事をされてますわ」


葛城は声を潜めてそう言った。


「なんとなく分かる。

 こっちにもそういうのが一人いるからね。

 忙しいのは分かるけど、なんとしても今夜、アイツの時間を空けてくれない?」


「分かりました」


「屋敷に帰りたくないと言うなら、彼女を連れて何処にでも出向く。

 場所を指定しろって伝えておいて」


くすり、と、葛城が笑う。


「佐伯先輩らしくない、ですね」


俺は、苦笑を浮かべた。


「――だろ?」


いちいち言葉にしなくても、自覚してるよ、そんなの。


「葛城も巻き込まれないように気をつけろよ」


投げやりに言葉を繋ぐ。


「私は巻き込まれたくてここにいるんです。

 須藤先輩のワガママになら、とことん付き合う覚悟ですよ、最初から」


「――そう」


ああ、本当。

面倒くさい。


響哉の周りはこんなヤツばっかりで――。


本当。

あんな自己中なヤツに、どうしてこんなに愛されるのかと、呆れてしまうほどだ。


――まさか、俺も――?


いやいや、と。

心に浮かんだ雑念を、無理矢理かき消して電話を切った。



とはいえ、ああいうヤツだからこそ、あの異常で重たい『須藤家の掟』を破っていながら、結局「次期当主」に返り咲いてしまったんだろうな――。


いつだったか、真朝ちゃんが須藤のことが分からないと言っていたけれど、それは致し方が無いことだと思う。


あの、常軌を逸した家の全てを言葉だけで伝えることなど、到底出来ないだろう。


仮に、全てを言葉で伝えたらそれは、冗談か夢物語にしか聞こえないはずだ。


例えば、俺は物心がつく前から「須藤 響哉」の影であるように育てられたこともその一つ。


須藤家は、あの家を捨てた俺の祖父の言葉を借りれば「魔物が棲む場所」なのだ。

もう、何百年も前から。


誰も幸せになれないその「場所」を守るためだけに、全ての人間が存在している。



俺と響哉は逃げようと幾度も試みた。


それを二人の密かな目的にして、幾つもの言語を覚え、互いに違う分野の勉強をし、心理学を学び、身体を鍛え、様々な犯罪に立ち向かえるような訓練もした。



それでも尚――。

今、俺はこうして、須藤家の馬鹿でかい屋敷に向かって車を走らせている。



それが、現実ってヤツだ。

認めたくもないけれど。

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