30 Scramble-6-
【花宮 真朝side】
「……響哉……さん、じゃないですよね?」
私は、言葉に出来ない違和感を感じて、腕の中から彼を見上げた。
しぃ、と。
響哉さんにそっくりな男は小さく囁く。
「マーサ、騙し舟って知ってるよね?」
「折り紙の?」
「そう。
舟の上端を持って目を閉じておくと、相手がばたりと折り紙を折りなおす。
そのせいで、次に目を開けると舟の横端を持っていたように見えるアレ」
彼は、部屋を出る前に立ち止まって口早にそんな話を始めた。
「……分かる、けど」
唐突な話題に目を丸くする私に、彼はふわりと甘い笑顔を見せる。
「たまにはそうやって、分かっていても尚、騙されるコトだって大事ってこと。
でないと、折角折り紙を折った人が報われないだろう?」
「だったら、黙って持ってなさい。
――分かった?」
頷かない私の耳元に、形の良い唇を寄せて、彼は囁く。
「でないと、須藤に成り代わってキスまでしなきゃいけなくなる。
そんなの、嫌だろう?
真朝ちゃん」
……!!
その喋り方は、佐伯先生のものそのもので。
まさか、髪型を整えて、眼鏡を外せば、それだけで響哉さんになれるって言うの――?
そんなはずはない。
いくらなんでも、二人はそこまでは似ていない。
特殊メイクでも施しているのかしら。
けれども、この至近距離でも真実を見抜くことは出来なかった。
目を丸くしている間に、彼は私を抱えたまま、部屋の外にでた。
部屋のドアは銃で壊されていた。マンションのドアそのものは、丁寧に鍵で開けられていた。
「銃も――扱うの?」
「まさか。
焦った警察が、発砲したんだよ、これは」
涼しい顔でそう言われれば、返す言葉もない。
「ほら、軽症とは言え、首を切られたんだからあまり喋ったり動いたりするのは危険だ。
少し黙って」
そういわれれば、黙るほか無い。
駐車場に連れて行かれて、私は戸惑ってしまう。
だって、私、ここに住んでいるのに――。
「何処に行くの?」
「これだけ、あの家の力を借りたんだ。向こうに戻って礼を言わなきゃ、失礼だろう?」
言うと、彼は、迷わずにスカイラインに乗り込んだ。
それは、もちろん、佐伯先生の車。響哉さんの車はBMWだもの。
「ちょっと待ってて。
良い? 誰が来てもここを開けちゃ駄目だよ」
何故か、七匹のこやぎの母親のようなことを言う。
「はぁ……」
きょとんとしている私に
「とびきり素敵な男性が来たときだけは、開けていいからね」
と、言い残し彼は車から降りていった。
ものの5分もしないうちに、どこからどう見ても「佐伯先生」がやってきた。
これは、開けるべきなのかしら。
それとも――。
もちろん、佐伯先生はお構い無しに運転席を開けて車に乗り込んできた。
「須藤響哉は君を助けた後、すぐに仕事に戻った。
だから、その後は俺が引き継いだってわけ。
――大変だったね、真朝ちゃん」
手短かつ強引にそんな筋書きを押し付けられても、私はどうすれば良いのか分からない。
「もう、頭がオーバーヒートです」
私は、クッションの効いた座席に思い切り体重を掛けたままそう言った。
先生は心配そうに私を覗き込む。
――ち、近いんですけど。
とても。
でも、私はこれ以上のけぞりようがない。
「それは、出血と緊張のせいだよ――。
もう少し響哉で居てやれば良かったね。そうすれば、真朝ちゃんも少しは泣けたのに」
耳元で囁いて、ポケットから錠剤を取り出した。
「これを飲んで、しばらくお休み。
……口移しで、飲ませて欲しい?」
眼鏡の奥の瞳が妖しく煌く。
刹那、くらりと眩暈がしたのは多分、出血のせいでも緊張のせいでもないと思う。
「……先生、キャラが響哉さんとかぶってますよ」
でも、先生は真顔で首を横に振る。
「あ、俺には無理。あんなキャラ、真似ようと思っても、できるわけないだろ?
ほら、自分で飲めるなら、どうぞ」
私は顔を遠ざけようとした先生に、抱きついて耳の傍で聞く。
「――本当は、響哉さんも誰かに捕まっていて大変な目にあっていたり――しないですよね?」
さっきからずっと、それだけが心配だった。
だって、私が捕まって、響哉さんが無事だって保証なんてどこにもないもの――。
先生は、目を見開いて驚きを露わにし、それから呆れたように肩を竦めた。
「アイツは腹が立つほど元気だよ。俺が本気で殺そうとしても、多分死なないよ。
保証するから、ほら――。
これを飲んで、少しお休み」
「逢いたいの。
本物の響哉さんにっ」
私はこみ上げる感情を押し殺し、声を潜めたまま、先生に囁く。
「出来るだけ早く逢える様にスケジュールを組みなおさせるから、ね」
先生は困ったように、子供を宥める要領で私の頭を撫でた。
そうして、ようやく顔を離す。
「攫われる直前、啓二くんのところに連絡してたんだろう?
貧血で倒れて介抱しているって、響哉が伝えているから――。とりあえず、気がついたって電話してもらえる?」
私は、目の前が真っ暗になった気がした。
そうよ。私、お父さんのところに行こうと思っていたのに。
パパの写真が見たくて――。
そんなの、いつの間にか、すっかり忘れていて、今の今まで響哉さんのことしか頭になかったわ。
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